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5つのパンと2匹の魚

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主の側に立つ者

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わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。(創世記17章1節)

 私はよく娘のマリアと散歩に出かけます。マリアは私の前を歩くでしょうか。後ろを歩くでしょうか。マリアは私の前を走りだします。決して私の後ろを歩きません。後ろで父親である私が見守っていることを確信して、安心していつも駈け出して行きます。みなさんもマリアと同じ経験があるかと思います。小さい頃に父親と散歩した思いで。父親が後ろから見守ってくれるから、安心して前を歩く。お化けがでそうな怖い場所に来ると、戻って来て父親の手を握って父親の陰に隠れて歩いた経験。実は神様も私たちにそのように望んでおられるのだと思います。

 子供が後ろを歩く父親に全幅の信頼を置いて前を歩くように、私たちが神様に全幅の信頼を置いて人生という旅路を歩むことを望んでおられるのです。神様がアブラハムに言った、「わたしの前を歩み、全き者であれ」とはそのような神様のお心だと思えるのです。ですからエノクとノアは、神様に全き信頼を置いて歩む決心をして、エノクは神と共に歩み、ノアは神と共に歩んだと聖書は記したのではないでしょうか。

 アメリカの南北戦争の時に北軍の将軍がアブラハム・リンカーン大統領に、「主が我々と共におられるのでこの戦争は必ず勝利するでしょう」と進言しました。それを聞いたリンカーン大統領は、「南軍の将軍も同じことを言っているでしょう。大切なことは主が我々の側にいるかどうかではなく、我々が主の側にいるかどうかだ」と言いました。それはつまり、神様が私と共におられるかどうかではなく、私が神様と共にいるかどうかだと思います。神様と共に歩む者となりましょう。
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by carbondalle1996 | 2015-05-02 08:04 | 日記 | Comments(0)
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