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5つのパンと2匹の魚

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毒麦の譬えの続き

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 カトリック教会の神父さんがこの毒麦の譬えの続きを作りました。「しもべが、この毒麦抜きましょうって言ったら、主人が言いました。『いや、両方とも育つままにしておきなさい。』すると僕は言いました。『ご主人様、それはあまりにも甘い。やはり毒麦は毒麦。これをそのままにしておいたら全部毒麦なってしまうかもしれません。私は、どうしてもこの毒麦を許せません。せめて、一番悪い毒麦を抜いていただけませんか。』すると主人は、『分かった。お前がそこまで言うなら、一番悪い毒麦を抜こう。』主人はそう言うと、エイッとばかりにその僕を抜きました。(笑)」

 私はこの話を聞いて笑ってしまったのですが、でもそのとおりだと思いました。私自身がかつてこの毒麦を抜きましょうと言った僕だったことに気づきました。かつての私は他人を裁いてばかりいる者でした。しかし、私たちがその他人を裁いて、その人を取り除こうとしたそのとき、サタンは喜んでいるのです。そしてイエス様は悲しんでいるのです。

 私たちの社会も同じです。意見が違う人や価値観の違う人を取り除こうとします。しかし神様は取り除くのではなく、そのままにしておきなさいと言いました。取り除くことと収穫は神様の領域です。私たちがそれを犯すことはできません。私たちがすべきことは、忍耐すること。そして赦し、受け入れること。相手を愛し相手を祝福すること。

 私たちが毒麦だと思っていたら穂を見たら、実は良い麦だったかもしれません。そうした訓練を通して私たちの穂も大きく実を結ぶのだと思います。主人は「そのままにしておきなさい」と命じました。私たちは異なる相手を抜くのではなく、寛容をもってその人を受け入れてゆくことが大切です。それは神様の働きを進めることにつながるのです。
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by carbondalle1996 | 2015-05-15 08:01 | 日記 | Comments(0)
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