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5つのパンと2匹の魚

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この群衆がかわいそうだ

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イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、「この群衆がかわいそうである。もう三日間もわたしと一緒にいるのに、何も食べるものがない。しかし、彼らを空腹のままで帰らせたくはない。恐らく途中で弱り切ってしまうであろう」。(マタイ15:32)

 イエス様は「この群衆がかわいそうである」と言いました。以前、5つのパンと2匹の魚で五千人の食事を充たした奇跡のとき、イエス様は群衆を見て何と言ったかは書かれておりませんが、群衆を見て「深く憐れんだ」とありました。この深く憐れんだという言葉は、スプランクニゾマイというギリシア語で、「はらわたが傷む」という意味でした。

 実はここでイエス様が「かわいそうである」と訳されている言葉も同じスプランクニゾマイという言葉。イエス様はこのときも群衆を見て、ご自身のはらわたが傷むほどに彼らの痛みを共有されたことを知ります。これはユダヤ的表現です。ユダヤ人は他人が苦しんでいるときに何処で感じるかというと、心ではなくはらわたで感じるのです。はらわたが傷むという感じ方をもって他者の苦しみを共有します。

 Aさんがある日歩いていたとき、突然足をくじいてしまいました。そこに居合わせたB姉がすぐに薬局へ走って湿布薬を購入し、Aさんの足に貼ってくださったそうです。Aさんは今でもそのときの感動を忘れないそうです。B姉は普段から他者の痛みを自分の痛みとして受け止めている人でした。ですからそのような突然の出来事でも、こうした対応ができたのでしょう。悲しむ者共に悲しめる者は幸せです。そのような者となりたいですね。
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by carbondalle1996 | 2015-11-02 06:43 | 日記 | Comments(0)
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