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5つのパンと2匹の魚

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それはどこか第三者的です



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イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、「この群衆がかわいそうである。もう三日間もわたしと一緒にいるのに、何も食べるものがない。しかし、彼らを空腹のままで帰らせたくはない。恐らく途中で弱り切ってしまうであろう」。(マタイ15:32)

 「この群衆がかわいそうである。もう三日間もわたしと一緒にいるのに、何も食べるものがない。しかし、彼らを空腹のままで帰らせたくはない。恐らく途中で弱り切ってしまうであろう」この群衆の多くは異邦人だったと思います。それが三日間も何も食べずにイエス様と共にいました。

 病気や身体を癒してもらったということもあるでしょう。しかし、それ以上に神の言葉に飢え渇いていたのだと思います。現在で言えば三日間の断食聖会です。私のように脂肪がたくさんあれば三日くらい食事を抜くのは問題ありませんが、ここに集まっていた人々は空腹でやつれていたような人々だと思います。ですからイエス様は空腹のまま帰らせたくない。途中で弱り切ってしまうと考えたのでしょう。

 私たちは東日本大震災で被害を受けた人を見た時に、「かわいそうだ。政府は早く彼らが家に帰れるようにしてあげるべきだ」とテレビの前で言ったりします。可哀そうだと思いますが、それはどこか第三者的です。その人がはらわたを傷むほど悲しんでいるから、自分も同じようにはらわたを傷むことをしません。しかしイエス様は人々の苦しみを自分の苦しみとして受け止めたのです。

 あなたの苦しみや悲しみはあなたしかわからないかもしれません。しかし、イエス様はあなたのその悲しみを自分の悲しみとして苦しみ、痛み、悲しんでっくださるお方です。この方に信頼して今日も歩みましょう。
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by carbondalle1996 | 2015-11-03 07:01 | 日記 | Comments(0)
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