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5つのパンと2匹の魚

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主は必ず私たちを顧みて

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ふたりとも神のみまえに正しい人であって、主の戒めと定めとを、みな落度なく行っていた。ところが、エリサベツは不妊の女であったため、彼らには子がなく、そしてふたりともすでに年老いていた。(ルカ1:6-7)

 ザカリヤもエリサベツも神様の御前に正しい人で、主の戒めと定めとをみな落ち度無く行っていた夫婦でした。であればこのような夫婦は神様から祝福を受けて当然でありましょうが、エリサベツは不妊の女であったとあります。彼らには子供がなく、すでに年老いていました。神様の御前に正しい夫婦がどうして神様の祝福に預からないのか。神様はどうしてこの夫婦に子供を授けないのでしょうか。

 聖書を読むと不妊の女性が多く登場します。なかなか子供が与えられません。アブラハムとサラ、イサクとリベカ、ヤコブとラケル、そしてサムエルを産んだハンナ。しかし、こうした女性たちの祈りが神様に届き、不妊の女性と呼ばれた女たちの胎が開かれたとき、救いの歴史は大きく動きました。

 誰が見ているのでもありません。全能の神様が私たちをいつも見ておられます。ですから神様に忠実にそして誠実に歩みましょう。主は必ず私たちを見て、顧みてくださるからです。
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by carbondalle1996 | 2015-12-02 06:39 | 日記 | Comments(0)
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