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5つのパンと2匹の魚

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曲った時代

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イエスは答えて言われた、「ああ、なんという不信仰な、曲った時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか。いつまであなたがたに我慢ができようか。その子をここに、わたしのところに連れてきなさい」。(マタイ17:17)

 イエス様はそれを聞いて「なんという不信仰な、曲った時代であろう」と嘆かれました。「曲った」という言葉は「正しい方向に向いていない」という意味です。正しい方向とは神様の方向です。創造主なる神様を神様として認めて礼拝する。それが私たちの顔を向けるべき正しい方向です。

 しかし、人々はそうではない。特にこの事件が起こったのはヘルモン山の麓のピリポ・カイザリヤです。そこはギリシア神殿が建てられ、偶像崇拝がされていた町です。まさに不信仰な町。人々の顔は真の神様を礼拝する正しい方向に向いてない曲がった町でした。
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by carbondalle1996 | 2016-01-22 18:07 | 日記 | Comments(0)
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