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5つのパンと2匹の魚

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主のみことばの矛盾?

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それから、弟子たちがひそかにイエスのもとにきて言った、「わたしたちは、どうして霊を追い出せなかったのですか」。するとイエスは言われた、「あなたがたの信仰が足りないからである。よく言い聞かせておくが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るであろう。このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう。(マタイ17:19-20)


 イエス様は弟子たちが霊を追い出せなかった理由は、「あなたがたの信仰が足りないからである」と言いました。この「信仰が足りない」という言葉は、イエス様が弟子たちに言った「信仰の薄い者よ」と同じ言葉です。イエス様と弟子たちが一緒に舟に乗って向こう岸に渡るときに嵐が吹いて、舟が沈没しそうになりました。そのとき弟子たちは寝ているイエス様を起こして助けを求め、イエス様は嵐を叱ると風が止みました。そしてイエス様は弟子たちに向かって「信仰の薄い者よ」と言いました。この「信仰の薄い」という言葉の直訳は、「信仰が少ない」という意味です。

 そして百卒長がイエス様に「みことばをください。そうすれば僕は癒されます」と答えたとき、イエス様は「あなたの信仰は立派です」と言いました。この言葉の直訳は「信仰が多い」という意味です。つまり不十分な信仰とは少ない信仰であり、立派な信仰とは信仰の量が多いとなります。信仰がまるで秤によって計られるようでおもしろいですね。

 ところがこのときイエス様は、弟子たちが霊を追い出せなかった理由は、信仰が少ないからと言っておきながら、その後で「もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら」と言いました。「からし種」とは種の中で最も小さい種を表現しています。これは明らかに矛盾しています。信仰の量が問題だと言いながら、信仰の量ではなく質が問題だと言っているようなものです。
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by carbondalle1996 | 2016-01-25 06:14 | 日記 | Comments(0)
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