しかし、彼らをつまずかせないために、海に行って、つり針をたれなさい。そして最初につれた魚をとって、その口をあけると、銀貨一枚が見つかるであろう。それをとり出して、わたしとあなたのために納めなさい」。(マタイ17:27)
しかしイエス様は自分が神の子だから神殿税を払う必要はないということを彼らに言う必要を認めませんでした。それは「彼らをつまずかせないため」でした。「つまずく」というギリシア語の本来の意味は「腹立つ」です。彼らを「腹立たせる」必要はないため、「海に行って、つり針をたれなさい」と言いました。漁はペテロの本業です。イエス様はペテロにちゃんと働いて神殿税を払いましょうと言ったのです。
イエス様だったらこんな漁などしなくても、ポケットから銀貨1枚を出す事もできたでしょうが、そうはなさいませんでした。「海に行って、つり針をたれなさい。そして最初につれた魚をとって、その口をあけると、銀貨一枚が見つかるであろう」。
私はずっとこの記事の後に「ペテロが海へ行くと、イエス様が言われたとおりであった」という文章が続くものと思っておりました。しかしいくら探してもありません。それは私の頭の中にある文章だったからです。それではこの後、一体この出来事はどうなったのでしょうか。
その答えはイエス様がエルサレムに入るときにあります。イエス様がろばの子に乗ってエルサレム入場するときも、過越の食事のときも弟子たちはイエス様が言われたとおりの出来事を体験しました。ですからこのときもイエス様の言われたとおりの出来事がなったことでしょう。