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5つのパンと2匹の魚

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不公平な神様

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よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。(ルカ15:7)

 職場で私がこの聖書箇所を読んでいたとき、上司がこの聖書の言葉はどういう意味ですかと私に質問しました。私がこの聖句について、「罪人が一人でも悔い改めて神様に立ち返ることは、神様に99人の義人に勝る大きな喜びである」と説明すると彼女は、「それはありえないでしょう」と憤慨しました。

 「キリスト教の神様は99人の義人よりも1人の罪人の方を大切にするのですか。99人の正しい人よりも、悪いことをした犯罪者一人を大切だと考えるのですか。そんな神様はおかしいでしょう。」彼女はそう言って憤慨しました。私は彼女の言葉を聞いて驚きました。私は今まで当たり前のように、この聖句を読んでいました。神様の愛を当たり前のように受け止めていました。しかし、ノンクリスチャンである上司に言われ、それは当たり前ではないということに初めて気づきました。

 神様が罪人一人が悔い改めて神様に立ち返る喜びが、99人の義人に勝るというのは当たり前ではない。平等ではない。不平等だということ。神様はそのような不平等だと言われる程に私のような罪人を愛し、救いだして下さるその愛の大きさに改めて涙します。

 では、上司はなぜ憤慨したのでしょうか?彼女はまさにこの「悔改めを必要としないと思っている、自分は正しいと思っている九十九人の人」の場に自分を置いていたからです。私達には二つの場が与えられています。一つは自分を罪人と認める場。もう一つは自分を正しいと置く場です。あなたはどちらの場に自分の魂を置くでしょうか?
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by carbondalle1996 | 2016-03-08 17:02 | 日記 | Comments(0)
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