ブログトップ

5つのパンと2匹の魚

fivebread.exblog.jp

原罪の告白

f0229700_12541865.jpg


あなたがたはどう思うか。ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出かけないであろうか。(マタイ18:12)

 小説「三四郎」のクライマックスで、美禰子が教会から出て来るシーンがあります。このときに彼女はつぶやくように聖書のみことばを口にします。「われは我が咎を知る。わが罪は常に我が前にあり。」という詩篇51篇の御言葉です。

 このシーンは、作者である漱石の原罪の告白だとわかります。そして自分が迷える羊・Stray Sheepだと認めても、その迷い出た一匹の羊を探し求める羊飼いであるイエス様を自分から拒否してしまったことに夏目漱石の不幸があり、小説「三四郎」が誰も幸せになれない理由があると思います。

 神の救いを拒否した夏目漱石は、自分で宗教を始めます。それが「則天去私」です。意味は「私心を捨て、身を天に委ねる」というものです。こうして自分で宗教を始めた漱石ですが、そこに罪からの救いがあるはずありません。滅びがあるだけです。

 夏目漱石の臨終のことばは、「今死んだら困る、今死んだら困る」でした。それが漱石の心の叫びだったと思います。今死んだらどうして困るのか。それは漱石自身が悩んでいた罪に対する解決をしていなかったからです。
[PR]
by carbondalle1996 | 2016-03-15 12:43 | 日記 | Comments(0)
<< ここに神の愛がある 責任を逃れたがる人だから >>