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5つのパンと2匹の魚

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神様の葛藤

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 罪というギリシア語はハマルティアという言葉で、本来の意味は「的はずれ」という意味。この言葉は兵隊さんが弓矢で的を射るときに使われた言葉です。私たちの自身が矢だと考えたらどうでしょう。いくら狙っても的に当たらない矢。それが私達の姿です。なぜなら的の中心は神様だからです。私たちは神様に向かって人生を歩んでいるのではなく、神に背を向けて自分中心という的に向かって人生を歩んでいる者です。ですからどんなに頑張っても的はずれなのです。これが罪です。

 神様の目には私達人間はみな罪人です。私たちはこのまま進めば地獄に落ちる以外にない者です。しかし神様は愛なるお方ですから、私たちが地獄に落ちることを良いとは思いません。全ての人類を天国へ招きたいと考えています。しかし、神様は義なるお方ですから、罪をなかったことにはできません。罪は罪として裁かなくてはなりません。ここに神様の葛藤があります。

 愛なる神様は私たちの罪を赦したい。しかし同時に義なる神様は、罪を裁かずにはおれません。この神様の葛藤を解決する方法として、神様はご自身が人となってこの地上に降りて来てくださり、私達人間の罪の身代わりとなって罪の裁きを受けてくださったのです。このお方がイエス・キリストです。イエス様は私たちの罪の身代わりとなって十字架に架かってくださいました。ここに私たち人間の希望があります。
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by carbondalle1996 | 2016-05-13 02:47 | 日記 | Comments(0)
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