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5つのパンと2匹の魚

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今週はハイナイト祈祷会

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 ルツ記は、単なる嫁姑の麗しいエピソードではなく、主の大いなる「奥義」の書。ルツ記を学ぶに当たっては、ルツを「異邦人の代表」、ボアズを「イスラエル人の代表」として見ていきます。ルツは自らの一族、国、慣習、そしてモアブの神を捨て、「あなたの民はわたしの民。あなたの神はわたしの神。」と告白し義母ナオミに従いイスラエルへ行きました。異邦人ルツは自分を捨てることで、イスラエル人ナオミを助け、ナオミの信仰を回復する火種となり、キリストに似た役割を果たしました。

 キリストについて、パウロはこう言います。「キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。」(ピリピ2:6-7)それをルツに当てはめれば、「ルツはモアブ人なのに、モアブ人としてのあり方を捨てられないとは考えず、自分を無にして、姑ナオミに仕える姿勢をとり、イスラエル人と同じようになりました」と言えます。

 ナオミは故郷の人々に自分をナオミ(楽しみ)と呼ばずにマラ(苦しみ)と呼んで下さいと言うほどに信仰の火が消えかけていました。しかしそのようなナオミをルツが助けることで、ボアズを通してナオミの相続地が回復し、孫も与えられ、ナオミの信仰も回復しました。それどころか異邦人ナオミがキリストの系図に入れられるという驚くべき祝福に預かったのです。

 苦しみの中にあったナオミを助けることで、ルツ自身が神様から祝福を受けることになったように、苦境にあるイスラエルを助けることで、私たち異邦人の教会も祝福を受けます。現在も、イスラエルは信仰が衰弱し、世俗化が進み、方向を見失い、世界中から誤解され、嫌われ、矢面に立っています。そんな時、神の民に石を投げるようなことは、もう繰り返してはなりません。

 「アブラハムの子孫を呪う者は呪われる」ことになります。教会は批判するためではなく、祝福するために存在しています。もう一度、アブラハム契約に戻りましょう。私たち教会は、神の国の祝福を広げるためにあります。イスラエルと一つになり、神の国の祝福が世界中に広がっていくことがゴールです。今週はハイナイト祈祷会です。イスラエルのために祈りましょう。

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by carbondalle1996 | 2016-07-24 20:59 | 日記 | Comments(0)
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