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5つのパンと2匹の魚

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カテゴリ:日記( 1366 )

シェマー・イスラエル!

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”イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。”(マタイ22章37節)


これは最初のことば「イスラエルよ聞け」、原文では「シェマー、イスラエル」です。ユダヤ人たちにとっては「シェマー」と言えばこの御言葉と答えるほど有名な御言葉です。敬虔なユダヤ教徒は朝と夕方にこの御言葉を読む生活をしていました。ですからこの教えはユダヤ教の根幹を成す教えなのです。テフリンという箱を「目の間に置いて」いつも身につけ、また家の扉にはメズーサという箱を取りつけました。これらの箱の中にこの御言葉が書かれた紙が入っている。


ユダヤ人は家に入るときにこのメズーザに触れてから入ります。それは読むことを意味する。申命記の【主】はヤハウェ。神様の名前で契約を守る神を意味する。「心をつくし、精神をつくし、力をつくして」の直訳は、心の全てで、魂の全部で、そして豊かさのすべてでヤーウェなる神を愛さなければならない。この意味は、人間存在の全てをかけて神様を愛することを命じた。

 どうして神様は人間存在の全てをかけて神様を愛することを人間に命じたのでしょうか。人間存在の全てをかけて神様を礼拝することではなく、人間存在の全てをかけて神様に尽くすことでもなく、神様はご自身を愛することを命じました。なぜでしょうか。神様を愛するとはどういうことでしょうか。

 聖書からその答えを導き出すならば、「神は愛なり」ということ。神様は愛そのものであるから、私達人間にも愛を求められた。もう1つ考えられることは、コリント人の手紙にあるように、大いなるものは信仰と希望と愛の3つで、その中で最も大いなるものは愛。愛を求めなさい。ゆえに神様は私たちに愛することを命じられている。

 そしてもう1つ考えられることは、神様ご自身がその存在のすべてをかけて私達一人一人を愛しているからではないでしょうか。神様は一人子なるイエス・キリストを世に遣わして、十字架にかけるほどに私達人間をそのすべてを捨てて愛してくださった。ゆえに私たちも全てをもって神様を愛するのだと思います。私たちが神を愛したから、神が私たちを愛してくださったのではなく、神様がまず罪人の私たちを愛してくださったから、私たちは神様を愛することができるのです。





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by carbondalle1996 | 2017-01-22 18:46 | 日記 | Comments(0)

今年一番の寒波到来

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 昨日から日本を覆っている今年一番の寒波。秋田市内も昨日から大雪となり、祈りの家の前の道路も雪で覆われてしまいました。今朝は教会に到着するのが少し遅れてしまいました。すると私よりも早く教会に到着していた兄弟とその友人が、後から来る人のためにスコップで除雪作業をしてくださいました。なんとも申し訳無く思いました。それと同時にとても感動しました。その友人の方は、教会に来てまだ2回目の方です。またこのような大雪の中でも、能代からK兄も礼拝に出席してくださり本当に感謝でした。みんなで礼拝し、I姉の手作り料理をお腹一杯食べました。霊肉ともに満腹でした。感謝!
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by carbondalle1996 | 2017-01-15 19:22 | 日記 | Comments(0)

初詣礼拝

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 今日から2017年。毎年、元旦礼拝があり、最初の主日礼拝が来る。しかし、今年は元旦が日曜日なので、元旦礼拝一つだけでした。昔のキリスト教界では、新年聖会を開いていたと聞きますが、最近は家族と過ごす時間を大切にするという意味で、そうした新年聖会をもたなくなった教会が多いと聞きます。私たちの教会も日曜日の元旦礼拝だけです。ほとんどの日本のキリスト教会では元旦礼拝と呼びますが、私達カルバリーチャペルグループではこれを初詣礼拝と呼びます。理由は、未信者への伝道目的です。未信者は決まってこの時期に神社へ初詣に行きます。神社に初詣行く人々に向かって、「初詣行くなら教会へ」と道を開いたのが最初だと思います。クリスマスは教会に多くの未信者が足を運ぶように、初詣もまた多くの未信者が教会に足を運ぶ機会になればいいですね。

 今年の新年聖句は、「あなたの将来には希望がある、と主が言われる。」(エレミヤ31章17節)

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by carbondalle1996 | 2017-01-01 20:26 | 日記 | Comments(0)

クリスマス礼拝

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 今日はクリスマス礼拝。会社の仲間や、ウエディングでいつも助けてくださっている方々、そして音楽教室の生徒さん。そしていつも教会に来てくださっている人々。みなさんに支えられ、励まされてきた1年でした。そうした人々が集まって一緒にイエス・キリストの降誕をお祝いできました。最高のクリスマスでした。
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 礼拝後はクリスマス祝会。教会の婦人方が作ってくださった美味しいお料理。そして信徒のみなさんの献品で、テーブルの上はものすごいご馳走でたくさん。お食事とデザートの合間に、すばらしいミニコンサートもありました。本当に楽しい、楽しいクリスマスとなりました。栄光在主。
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by carbondalle1996 | 2016-12-25 16:09 | 日記 | Comments(0)

アドヴェント礼拝

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 今日はアドヴェントⅣ礼拝。クリスマス・キャンドルに4つの灯がつきました。イエス・キリストの降誕を待ち望むアドヴェントは、なんだか心がワクワクします。どうしてでしょうか?クリスマスがとても楽しみです。私自身がクリスマスを通して、神様に立ち返った経験があるからでしょうか?クリスマスは誰もが神様に立ち返れる、そんな機会を与えてくださる日。
メリー・クリスマス!
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by carbondalle1996 | 2016-12-18 15:37 | 日記 | Comments(0)

秋田朝祷会

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 今日の朝祷会は秋田キリスト教会で行われました。メッセージは栄光教会の田口先生。久しぶりに秋田希望教会の申先生が参加。来年3月の朝祷会は献堂したばかりの希望教会で行われます。楽しみです。さて、今回の朝祷会の食事には、抹茶と和菓子が登場。抹茶はT兄が立ててくださいました。びっくり!T兄にこんな賜物があったなんて!また和菓子はクリスマスにちなんで。左からクリスマスリース、トナカイ、そしてサンタの帽子。トナカイだとわからずに、私は本気でネズミかウサギだと思い込んでいました。ごめんなさい。仲良し牧師会の仲良し朝祷会でした。


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by carbondalle1996 | 2016-12-15 19:05 | 日記 | Comments(0)

Happy Birthday!

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 今日のランチです。いつも素晴らしい料理を作ってくださるI姉に感謝です。これで300円。赤字にならないのが不思議なくらい。神様は必要のすべてを充たしてくださるお方です。
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 I姉手作り特製バースデーケーキです。美味しかった!
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by carbondalle1996 | 2016-12-11 15:43 | 日記 | Comments(0)

幼稚園とクリスマス

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 私は4歳の時に父の仕事の関係で埼玉県に引っ越しました。母親はすぐに幼稚園を探しましたが、どこも定員一杯で受け入れてもらえませんでした。私は行く幼稚園、行く幼稚園で断られるという経験をして、子供心に落ち込んでしまいました。そのような時に新しく幼稚園ができるというニュースが届きました。それは開拓伝道を始めた小さな教会でした。幼稚園といっても小さな一軒家で教室は6畳と4畳半。家から1キロほど歩いて幼稚園に通いました。当時、幼稚園児だった私にとって、毎日1キロ歩くというのはとても遠い距離に感じました。雨の日や台風の日はずぶぬれになりました。

 近所にはモダンで立派な幼稚園があり、そこには大きな園庭とたくさんの遊具。そして送迎バスがありました。私は子供心に幼稚園の送迎バスに乗りたくて仕方がありませんでした。それなのに自分は、毎日幼稚園まで歩いて通っている。どうしてこんな貧乏な幼稚園に入ってしまったのだろう。そう思うと近所の幼稚園が妬ましく、私はどんどん卑屈になりました。

 私は幼稚園での生活をほとんど覚えておりません。しかし、1つだけ私の心に残っていることがあります。それがクリスマスです。クリスマスの日に袋にたくさん入ったお菓子をもらいました。子供心にクリスマスでもらったお菓子がとっても嬉しかったことを覚えています。そしてそのときクリスマス曲を歌いました。それが「きよしこの夜」です。

 私は幼稚園を卒業し、小学校、中学校、高校、大学と進みましたが、二度と幼稚園に帰ることはありませんでした。やがて私の記憶から教会も幼稚園も忘れてしまいました。そして社会人となり、アメリカに留学したときにホームステイ先の教会でクリスマス礼拝に出席し「きよしこの夜」を歌いました。そのとき私はずっと自分が探していたものに気づきました毎年、クリスマスの季節が来ると、仲間たちとジングルベルを歌っても、美味しい料理を食べても、ゲームやカラオケをしても、自分の中に充たされない思いがありました。それが何なのかがわかりませんでした。しかし、ホームステイ先の教会で「きよしこの夜」を歌ったとき、はっきりとわかりました。私がずっと求めていたものは神様だったのです。

 アメリカの留学が終わり日本に帰国した私は、25年ぶりに幼稚園に行きました。あのときはわからなかった。どうして自分だけがこんな遠くの幼稚園に通わなければならなかったのか。自分は幼稚園に断られた落ちこぼれだと思っておりました。しかしそうではなかったのです。すべては神様のご計画でした。神様は右の御手で私を埼玉の町に移し、左の御手で開拓教会をその町に起こし、私をその幼稚園入れてくださったのです。私は落ちたのではなく、神様に選ばれていたことを知りました。私達の人生は刺繍の絵を裏から見ているようです。裏から見てもわかりませんが、表(神の視点)から見るならば、素晴らしい作品なのです。


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by carbondalle1996 | 2016-12-10 15:50 | 日記 | Comments(0)

アドヴェント

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アメリカの小さな村の教会で起こった本当の出来事。教会学校でイエス様誕生の劇をすることになりました。子どもたちはそれぞれに役をもらいましたが、一人の発達障がいの少年が役をもらわずに帰ったことが分かりました。先生たちは相談して、その少年を、馬小屋付きの宿屋の主人にしました。セリフはひとつ「だめだ。部屋はない」。そして、裏手の馬小屋を指さす。その子はとても喜んで、何百回も家でセリフの練習をしたそうです。

クリスマスの日、村中の人が教会に集まりました。お祝いの最後を飾るクリスマスの劇が始まります。日の落ちたベツレヘム。長旅に疲れ果て、すべての宿屋で断られたヨセフとマリヤが、少年演じる主人のいる宿屋にやって来ました。「私たちを泊めて下さい」。少年は大きな声でいました、「だめだ。部屋はない」。重い足を引きずるようにして二人は馬小屋に向います…。と、その後ろ姿を見ていた少年の目に、涙があふれ出したのです。男の子は、わあっと泣き出すとヨセフにしがみついて叫びました。「馬小屋には行かないで。ぼくの家に泊まって…」

クリスマスの劇は中断せざるを得ませんでした。教会学校の先生が舞台に飛び上がって、男の子を引き離さなければならなかったのです。しかし、長い村の歴史において、これほど感動を呼んだクリスマス劇は後にも先にもなかったというお話です。

ある日、52歳の男性が牧師を訪ねてきました。「もう終わりです。事業に失敗し、すべてを失ってしまいました。」その言葉を聞いた牧師はその男性に言いました。「すべてですか?それでは一度、紙に残っているものを書き出してみましょう。奥さんはおられますか?」 「ええ、良い妻です。」牧師は紙に「良い妻」と書きました。「家族はおられますか?」「はい。」「友人は?」「います。」「健康はどうですか?」「良い方です。こうして見ると、私の状態はそれほど悪くはないのかもしれません。私は多くのものを持っているのですから。」 失敗する人は自分にないものばかりを見て絶望し、成功する人は自分にあるものを見て感謝します。

今年一年の恵みを数えて、今週も神様に感謝を捧げて歩みましょう。



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by carbondalle1996 | 2016-12-04 15:26 | 日記

収穫感謝礼拝

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 1809年 農民の子として生まれる。 
 1816年 家族の破産。

1818年母の死去。 

1826年 渡し舟の船頭になる。

1828年 姉の死去。 

1831年 事業破産。

1833年州議会選挙落選。 

1833年郵便局長就任。

1834年婚約者死去。 

1836年 神経衰弱のため精神病院へ入院。

1838年州議会議長選で落選。

1843年 下院議員選挙出馬、落選。

1855年 上院議員選挙出馬、落選。

1856年 副大統領選挙落選。 

1860年 第16代アメリカ合衆国大統領に当選。


 これはアブラハム・リンカーンの年表です。彼は挫折しませんでした。彼は困難に出会っても、人生を信仰の目で見て、その都度神様に感謝することを選択しました。困難なことが迫ってきたときにリンカーン大統領はこう言いました。「道はすべりやすいが、絶壁に立っているのではない。」「感謝をする人には発展がある。」歴代アメリカ大統領の中で、今でも国民から圧倒的な支持を得ているアブラハム・リンカーン。彼が支持されるのは、彼が奴隷解放宣言をしたからではなく、どんな困難な中にあっても神様を感謝することを忘れなかったからだと言います。


 彼の感謝精神は国家運営にまで結びつき、「収穫感謝祭」を祝日に制定するほどでした。リンカーンのことば。「私は、私たちの敬虔な先祖である清教徒たちが、 アメリカの地で感謝の種を蒔いたという信仰の遺産を、子孫である私たちが継承 するよう、この日を国民の祝日に定めます。」 今日は収穫感謝礼拝です。今年一年の私自身に起きた出来事ひとつひとつを神様に感謝。



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by carbondalle1996 | 2016-11-27 14:41 | 日記 | Comments(0)