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5つのパンと2匹の魚

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カテゴリ:旅行( 4 )

感謝する心

 先週は、京セラ名誉会長・稲盛和夫さんの「人は何のために生きるか」を読み、とても考えさせられました。科学者である稲盛氏はセラミックの研究を進めて行く中で、ある法則を発見しました。それは「この宇宙にはすべてのものを愛し慈しみ、良い方向へと流していくような愛が充満している。宇宙にはすべてのものを慈しみ育てていくような意思がある」というもの。その結果、稲盛氏は患難を神様からの試練として受け止め、前向きに明るく生きるように努めました。すると全ての運命が好転し、会社は日本を代表する企業に成長したそうです。稲盛氏はその本の中でこう言っています。「善きことを思い、善きことをすれば、運命は善き方向へ変わってゆく。」

仏教徒である稲盛氏が見出した法則を読み、「あれっ」と思いました。そうです。これは聖書が二千年も前から語っているメッセージです。私たちは宇宙の法則を見出さずとも、聖書からもう既にこの真理を学んでいます。ただ、私たちに欠けている点は、稲盛氏のようにこの法則を実践していないだけなのです。聖書は「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことを感謝しなさい。」と教えています。

 大川先生から「一生感謝365日 ジョン・クゥアン著」という本を頂きました。とても恵まれましたので、この本の一部をご紹介します。

 感謝をすると喜びが満ちあふれ、
 感謝をするといつでも元気が出て、
 感謝をするとうつ病が癒され、
 感謝をすると健康になり、
 感謝をすると心配がなくなり、
 感謝をすると魅力的な人となり、
 感謝をすると苦痛と怒りが消え、
 感謝をすると満たされない状況を受け入れられるようになり、
 感謝をするとむなしさがなくなり、
 感謝をすると今を大切に思うようになり、
 感謝をすると傷を受けても愛せるようになり、
 感謝をすると分け与えたくなり、
 感謝をするとすべてのいのちに共感するようになり、
 感謝をすると平凡な日常も恵みと受け取れるようになる。

 感謝の心はあなたを変え、あなたのまわりを変え、あなたの未来を変えます。感謝する毎日にみんなで挑戦しましょう。ハレルヤ!


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by carbondalle1996 | 2014-03-16 15:13 | 旅行 | Comments(0)

ごめんなさいと言えますか?

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人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。そこで主なる神は女に言われた、「あなたは、なんということをしたのです」。女は答えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは食べました」。(創世記3章12~13節)

 人が罪を犯した後に、最初に犯した罪は責任転嫁の罪でした。アダムは「神様ごめんなさい」とは言わず、「あの女がくれたので」と責任を転嫁しています。読み方によっては「神様、あなたがわたしと一緒にしたあの女がしたのです」と責任を神様に転嫁しているようにも聞こえます。事実はそのとおりかもしれませんが、神様が食べてはいけないと言った実を食べたのもまた事実です。責任転嫁せずに自分がしましたと認め「ごめんなさい」と謝ることが大切です。

 エバもアダムと全く同じです。責任をヘビに転嫁しました。やはりエバも「神様ごめんなさい」とは言えませんでした。誰かに罪を犯したら、「ごめんなさい」という事が大切です。たとい自分が悪くなくても、その責任は自分にある。

 芸能人のみのもんたさんが息子さんが窃盗を起した為に報道番組の出演を辞退しました。レポーターが質問の中でこう聞きました。「息子さんが事件を起したときに、すぐに『どうもすみません』と言えたら、結果はもっと違っていたのではあいませんか。」このレポーターの質問に対して、みのもんたさんは少し時間を置いて、「今思えばそうだったと思いますが、あのときはごめんなさいが言えませんでした」と。

 人はなかなかごめんなさいが言えない者です。特に親子関係や兄弟姉妹などの近い関係となると難しいです。しかし聖書は責任転嫁の罪を堕落後の最初の罪として記しています。私たちは罪を犯してしまったならば、素直に「ごめんなさい」と言える者でありたいと思います。
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by carbondalle1996 | 2013-11-22 07:09 | 旅行 | Comments(0)

得手勝手な解釈

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へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。(創世記3章4節)

 エバの解釈は、「死なないために善悪の知識の木の実を食べてはならない」でした。つまりエバが最も大切にした言葉は、自分が死なないためでした。そのようなエバの言葉に対してサタンは「あなたは決して死ぬことはないでしょう」と答えました。神様は「必ず死ぬ」と言いましたが、サタンは「食べても死ぬことはありません」と神様のことばを「否定」しました。するとどうでしょうか。エバの中で「死ぬことがない」という自分にSTOPをかけていた神様の戒めが外されてしまいました。サタンはまたこう付け加えました。「それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」と言ってエバの心に「疑い」の種を植え付けました。

 あなたは神様の御言葉をそのまま受け止めていますか。自分なりの得手勝手な解釈で神様のみことばを曲げていませんか。神様のみことばをそのまま受け止め、信じて歩むならば、すばらしい祝福に預かります。今日も主のみことばに忠実に歩む者とさせていただきましょう。
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by carbondalle1996 | 2013-11-13 06:26 | 旅行 | Comments(0)

神の武具

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それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身につけなさい。(エペソ6:13)

 敵と戦うために武具を身につけることは当然です。私は大学時代に剣道部に所属しておりました。必ず防具を身につけます。面・籠手・胴・垂です。こうした防具がなく竹刀で叩かれたら大怪我をします。私の剣道場の隣が空手道場となっていました。空手は防具がありません。ですからよく救急車が来ては部員が搬送されていた記憶があります。
 ある日私は空手部員にどうして怪我ばかりするのか聞きました。そのときの答えは、ルール上は寸止めなのですが、相手が打ってくることによって寸止めのはずが相手の急所に入ってしまうからだとのことでした。その結果、いつも怪我をして救急車に運ばれるということになるそうです。防具の必要性を思わされた出来事です。

 聖書は戦いに当たって武具を身につけなさいと命じています。武具とは真理の帯、正義の胸当、福音の備えを履き、信仰の盾を取り、救いのかぶとをかぶりなさいと書いています。これはすべて防御です。サタンが攻撃してきたら、こうした武具によって身を守りなさいということです。そうした中で唯一攻撃の武器として書かれているのが、御霊の剣である神の言です。これはみことばの剣です。サタンを攻撃する唯一の武器は聖書のみことばです。そのため聖書をよく読み、みことばを食べましょう。剣がサビつかないように、みことばの暗唱が大切です。今日も聖書を読み、みことばの剣を腰に指し、サタンの誘惑を退けましょう。
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by carbondalle1996 | 2013-08-28 06:11 | 旅行 | Comments(0)