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5つのパンと2匹の魚

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今日のランチは

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          今日のランチは冷やしうどん



          畑で採れた野菜をふんだんに使用



          収穫の主に感謝しつつ



          今日も祈りの家は



          美味しい昼食となりました



          今日のお交わりのテーマは



          良い人間関係の作り方



          みなさんいろいろなアイデアが



          出されて楽しいひとときとなりました。
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by carbondalle1996 | 2013-06-30 12:38 | 日記 | Comments(0)

初物

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          きゅうりが実りました


          今年の初物です


          今日の晩ごはんのおかずになります


           
          収穫の主に感謝を捧げ・・・
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by carbondalle1996 | 2013-06-25 18:33 | 日記 | Comments(0)

慰霊の日を迎えて

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 この日がくると今でも大和教会の青年会だったA姉の言葉を思い出します。「沖縄から出てきて驚いたことは、本土の人が、6月23日が何の日か全然知らないこと。とても悲しく思いました。」彼女の言葉を聞いて、「6月23日?何それ?」と正直私も思いました。親からも学校の教科書からも教わらない「6月23日」にいったい何があったのだろうか。3年前に沖縄の和田伝道師を訪れたときに、共に沖縄平和記念公園で祈りを捧げ、この日の持つ意味の大きさと深さを体験しました。

 沖縄は日本で唯一、市民が地上戦を経験した土地です。戦死者20万人の内9万4千人が一般市民。沖縄を防衛する軍司令部がこの日未明に自決し、組織的戦闘は終結しました。しかし悲劇はこの後に起こりました。市民を守るべき軍隊が無いことを知った人々は、家族ごとに非難していた洞窟で軍から渡された手榴弾で自決し、またある家族は崖から投身自殺をしました。実際は地上戦で無くなった市民の数よりも、戦争終結後の方が多いと言われています。戦後沖縄県はこの日を、「沖縄戦の戦没者の霊を慰めて平和を祈る日」として祝日としました。

 沖縄の和田伝道師とこうした洞窟を訪れた時の言葉を思い出します。「ここがその洞窟です。沖縄の人は観光客がここに入ることを嫌がっているので、洞窟に入らずにここで祈りましょう。」加害者と被害者。沖縄人はあの戦争で日本に捨てられたという傷、家族を殺してしまったという深い傷を負っています。「慰霊の日」は、本当は「天皇誕生日」よりも、どんな祝日よりも、もっと大切にしなければならない日なのではないだろうか。日本人として沖縄の人々に心から謝らなければいけない日なのではないだろうか。それが加害者の子孫である私たち本土の人がなすべきことだと思いました。

 聖書は悲しむ者と共に悲しみなさいとあります。私たちは彼等の悲しみを担うことはできなくとも、彼らに寄り添うことはできます。キリスト者として、悲しむ者に寄り添う者でありたいと思います。当時青年会だったA姉は、今は立派なお母さん。先日二人目の赤ちゃんを出産しました。きっと子供たちに「慰霊の日」の意味を伝え続けることでしょう。今週から大和教会ICAの中高生が沖縄に就学旅行に行きます。教科書が教えない大切な歴史を学び、平和の大切さを学んでほしいと願います。
                         
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by carbondalle1996 | 2013-06-23 05:30 | 日記 | Comments(0)

朝祷会

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          今日は秋田朝祷会


          メッセージは秋田キリスト教会


          中野渡先生


          先生ご自身の証と


          御言葉に従った祝福


          恵まれたメッセージでした


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          祈祷会の後は


          みんなで一緒に朝食をいただきました


          とっても美味しかったです。


          また楽しいひとときでした。

          
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by carbondalle1996 | 2013-06-20 09:45 | 日記 | Comments(0)

シナイ山を仰ぎ見て

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80歳でエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんは、幼少期は病弱で劣等生、幼稚園は中退、小学校4年生から5年生時には結核で肋膜炎を患い長期入院のため一年の半分近くは学校に通えず、旧制中学の入試に失敗し小学生浪人。大学卒業後にスキー連盟とトラブルとなりアマチュアスキー界より永久追放。北海道知事選挙、参議院選挙と立候補するも落選。たくさんの失敗を自身のパワーに変えて、最高峰の山を制覇したように思う。

聖書にも80歳で登頂に成功した人物がいる。聖書中唯一神様が顔と顔を会わせて話をしたというモーセ。モーセが登ったのはシナイ山ですが、モーセはそこで十戒を神様から授けられました。モーセの人生は3つに大きく分けられます。最初の40年はエジプトの王子として、当時の最高学問と帝王学を学びました。そして自分の力でイスラエルの民を開放しようとして挫折。次の40年は羊飼いとして、荒野で忍耐と試練を学びました。

モーセの最も活躍した時代は最後の40年だと思う。神様の忠実な僕としてイスラエルの民をエジプトから解放し、エジプト脱出劇をしました。そこには自分の力に頼っていた昔のモーセはなく、ただ神様の声に忠実に従う僕の姿がありました。モーセは80歳からの120歳までの40年間を荒野で生活した。そこでレビ記、民数記、申命記が書かれ、イスラエルの民は礼拝の規定や613の律法を与えられた。リーダーとしてモーセの姿がそこにあrました。

三浦雄一郎さんやモーセの失敗を見ると、私たちの失敗などまだまだ序の口かもしれない。失敗を通して私たちはへりくだり、神様への従順を学ぶのかもしれない。そしてはるか遠くに見える巨人という名の山を征服するために、一歩、また一歩と足を前に進めるのかもしれない。いつかその日が来ることを思い描いて。

“神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。
 神よ。あなたは、それをさげすまれません。”(詩篇51:17)
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by carbondalle1996 | 2013-06-19 20:24 | 日記 | Comments(0)

神様の宝物

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”天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。”(マタイ13:44)


 畑に隠された宝物とは何か。それは救いであり天国であると今まで思っていた。しかし、この譬え話を神様の視点で読むとどうなるか。畑とはその前の39節に「畑とは世界である」と書かれている。ということはこの世界に埋もれている宝があり、この世界を購入した人のお話。この宝を探しているのは神様ご自身であり、畑の中に埋もれている宝物とは実は私自身であり、あなたなのです。

 この世という広い畑の中に埋もれている貴方という宝物を見つけた神様は、この広い畑を買うためにひとり子なるイエス・キリストを地上に送られ、イエス様を十字架に架けられました。それは私という宝物を、あなたという宝物自分のものにするためなのです。私たちはすでに神様によって買い戻された存在なのです。なぜですか。私たちが神様の目には高価な宝物だからです。

”神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネ3:16)”

           ~柴田先生のメッセージ「神様の宝物」より~
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by carbondalle1996 | 2013-06-19 06:45 | 日記 | Comments(0)

DJポリスから学んだこと

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 先週のGood News と Bad News を1つずつ。Good Newsは二人の警察官が警視総監賞を受賞。二人はサッカー日本代表がワールドカップ出場を決めた夜、東京の渋谷駅前で大勢のサポーターらにユーモアたっぷりにマナー順守を呼びかけ、混乱無く人々を誘導しました。「みなさんは12番目の選手です」「選手のようにフェアプレーで交通ルールを守りましょう」機動隊員が配備された中で混乱もなく秩序ある行動ができたのは、二人の呼びかけたことばが人々の心に届いたからだという。

 Bad Newは復興庁参事官の更迭。参事官は被災地での会議後にツイッター上で市民グループや議員に対して暴言を書き続けた。被災地復興の法整備担当者の愚行に被災者は憤りを感じているという。同庁は国家公務員法違反にあたる可能性もあるとみて、処分も検討している。被災者に寄り添う心で職務に当たるようにという総理のことばが参事官には届かなかったのかもしれない。Good News とBad News。二つを分けたものは、「相手に寄り添う心」ではないでしょうか。

 イエス・キリストは神様であるのに、人となってこの地上に下りて来られました。その姿は王や皇帝の姿ではなく、乞食の姿となって社会の底辺にまで下りて来てくださった。そこには当時社会から捨てられ、差別されていたらい病人患者や足なえ、目の見えない人、サマリヤ人、取税人、姦淫の女性。イエス様は彼らの隣りに座り、彼らに寄り添い、彼らの友となりました。イエス様のことばが彼らの心に届いたのは、そこに「相手に寄り添う心」があったからだと思います。

 聖書は神様を愛する事は隣り人を愛する事だとおしえています。目に見えない神様を愛していると証明する唯一の方法は、目に見える隣り人を心から愛すること。家庭に、職場に、学校に、近所に、サークルに、私たちの隣り人はいます。私たちが彼らの所まで下りて行き、隣りに座り、相手に寄り添う心でことばをかけるならば、私たちのことばはきっと相手の心に届くものとなるでしょう。DJポリスと賞賛された二人の警察官が私たちに教えてくれたこと。大切にしたいものです。

“あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。”
                (マタイ22章39節)
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by carbondalle1996 | 2013-06-17 06:15 | 日記 | Comments(0)

バラの会特別礼拝

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          今日はバラの会特別礼拝


          講師は横浜カルバリーチャペルの柴田先生


          マタイ福音書13章から


          私たちこそ神様の宝物であると


          おしえてくださいました


          有名な聖書箇所ですが、


          このような深いメッセージが隠されていたことに


          驚きつつ、とても恵まれました


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          礼拝後は楽しいお食事の時間


          今日はいろいろなカレーを準備しました


          柴田先生を囲んで


          楽しいお交わりの時間


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          こちらのテーブルは


          Kさん家族と若者たち


          久しぶりにお会いする方もおられ


          お話がはずんだようです


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          庭のお花もご覧ください



          バラの花が咲き乱れ


          
          満開です


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          天気も快晴で


          バラの観賞会も大成功


          すばらしいバラの会礼拝となりました。


          


          


          
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by carbondalle1996 | 2013-06-16 17:55 | 日記 | Comments(0)

93歳の救い

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          今日は横浜カルバリーチャペルの柴田先生が来秋され


          介護施設に入院している義祖母を訪問


          病床洗礼を授けてくださいました


          93歳のおばあちゃんが救われました


          洗礼を受けた後のことばは


          「あーすっきりした!」

          
          だそうです。


          今まで頑固に仏教で頑張ってきたおばあちゃん


          ずっとすっきりしなかったのかな?


          すっきりして良かったね


          おばあちゃん。
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by carbondalle1996 | 2013-06-15 16:45 | 日記 | Comments(0)

明後日はバラの会

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 明後日はバラの会特別礼拝。バラもほぼ満開状態で明後日の観賞会を待ちわびているようです。さてバラは美しい花の代名詞としてよく用いられますが、そのバラの花言葉は「愛情」です。聖書には愛と訳せる語が3つあります。1つは「エロス」という愛です。これは男女の間における肉体的な愛情を表わします。日本でも「エロチック」などと使って、いやらしさを感じる方もおられるかもしれませんが、本来は美しい言葉です。

 2つ目は「フィレオー」という愛です。フィレオーというのは、人間同士の愛です。友が友を愛する。人が人を愛するという愛です。アメリカ東部にフィラデルフィアという街があります。この街は1776年にアメリカで独立宣言が読まれた街ですが、この名前の意味は兄弟愛という意味です。「愛する」というギリシア語のフィレオーと、「兄弟」を意味するアデルフォスから作られた言葉です。このフィラデルフィアという街は、17世紀にイギリスから渡った清教徒たちが、兄弟愛をもって街を立てようとこの名前をつけました。

 3つ目が「アガペー」という愛です。これは訳すならば神の愛。または、無条件の愛となります。イエス様は十字架上でこう叫ばれました。

“父よ、かれらをおゆるしください。
かれらは何をしているのか、わからずにしているのです。”
                       (ルカ福音書23章34節)

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by carbondalle1996 | 2013-06-14 06:02 | 日記 | Comments(0)