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5つのパンと2匹の魚

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歴史の脚本家

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 先週26日は東北楽天イーグルスがパ・リーグ初優勝をしました。特に西武との試合では一打出れば逆転という場面で、田中投手が二者連続三振で後続を抑え、初の胴上げ投手となったシーンに感動しました。球団創設の2005年は97敗を喫し最下位、1位とのゲーム差51.5は天文学的数字で連日新聞に寄せ集め集団と揶揄された。あれから9年が経ち、2位に大差をつけてのパ・リーグ制覇。もう誰も楽天を揶揄する者はいません。

 野球は筋書きの無いドラマと言いますが、今年は神様が被災した東北の人々に向かって「あきらめるな!」という筋書きのドラマを見せているようです。岩手県はNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」人気により、舞台となった久慈市を訪れる観光客は前年の23倍となり、まさに「じぇじぇじぇ」である。また大河ドラマ「八重の桜」の効果で、地元福島県も多くの観光客が訪れているという。そして宮城県では東北楽天イーグルスのパ・リーグ優勝。それぞれのドラマに込められた作者のメッセージは、まさに「絶対にあきらめない、前に進もう!」ではないでしょうか。

 2年半前に震災後の最初のゲームで「見せましょう。野球の底力を」と語った嶋選手の言葉が思い出されました。星野監督は優勝インタヴューでこう答えました。「監督に就任した当時、いきなり大震災があったが、前を向くしかないと考えた。少しでも東北の被災者の皆さんに強さを見せて、心を和らげてあげようと思いやってきた。これからも東北の皆さんと一緒に戦い歩んでいきたい」。星野監督の心にも、選手たちの心にも、「がんばろう東北」という気持がいつもあったと思います。

 あるとき「神様がいるなら、どうしてこんな不幸が起こるのか」という質問に対して、ビリー・グラハム先生はハンカチを裏返してこう答えました。「裏から針をさして刺繍を作るが、いったい何の模様かわからない。しかし、表を返して見ればすばらしい花の模様ができている。今起きていることも私たちにはそれが見えない。しかし、反対側には神様のすばらしい花が描かれています。これは目には見えない世界ですが、信じることによって、私たちはこの神様の世界を見ることができるのです。」

“主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。” (エレミヤ29:11)

 どんなマイナスも必ずプラスになります。主のご計画は最善です。主のみをみつめ歩み、今日も進みましょう。
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by carbondalle1996 | 2013-09-30 04:22 | 日記 | Comments(0)

今日は教会員ミーティング

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          今日は2ヶ月に1度の教会員ミーティング


          昼食を取りながらクリスマス集会に向けて


          良い話し合いの時間を持ちました


          次回までの宿題もありましたが

    
          とっても有意義なミーティングとなりました。
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by carbondalle1996 | 2013-09-29 16:39 | 日記 | Comments(0)

山よ動け!

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するとイエスは言われた、「あなたがたの信仰が足りないからである。よく言い聞かせておくが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るであろう。このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう。(マタイ17:20)

ある電気会社の社長さんのお話を紹介します。彼は10歳で父親を亡くし、夜間学校を苦学して卒業してある会社に勤めました。彼はクリスチャンでしたが、毎週日曜日も会社に出勤しなければならず、礼拝に出席することができませんでした。彼は教会の礼拝を守りたいと願い、思い切って3年間勤めた会社を退職しました。退職金5万円をもって5坪の地下倉庫で会社を始めました。しかし、耐えられないほどの苦難が続き、いっそ死んでしまいたいといつも思ったそうです。

 そんな絶望の中にある日、彼は「偽ってむなしいものに惑わされてはならない。肉の環境を見ず、肯定的な信仰によって神により頼み、進んで行きなさい」という神様の声を聞き、新しい力を得て乗り越えました。彼が挫折と絶望と苦しみを克服できた秘訣は、まさに霊的な食物を正しく食べたからでした。聖書を読んで黙想し、神様のみこえを聞いて力を得ることができたからでした。日曜礼拝を守り、一生懸命に教会学校の奉仕をし、什一献金を捧げ、宣教献金、教会学校の奨学金も捧げるという誠実な生活を送りました。

 彼が興した会社は、現在では年間1000億円の売り上げをもつ国内トップレベルの企業となりました。何が彼を変えたのでしょうか。彼は自分の考えではなく、神のみことばどおりに考え、生活したからです。彼の成功は私たちに大切なことを教えてくださいます。祝福の源は、神のみことばどおりに守り行い、考えるようになるときにあふれ出すのです。みなさんぜひ神様の夢を持ちましょう。第4次元という思考の世界を、神様の夢で満たしましょう。そして言葉でその夢を告白しましょう。積極的、肯定的、信仰的な言葉を使いましょう。すれば必ず夢は実現します。
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by carbondalle1996 | 2013-09-28 06:21 | 日記 | Comments(0)

4次元の人

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 神様のことばには力があり、この世界を創造するエネルギーがあります。しかし、それは神様に限った出来事であって、私たち人間には関係ない世界でしょうか。いいえ、私たちのことばもこの世界を創造する力をもっています。なぜならば、私たちは神様に似せて創造されたと聖書にあるからです。

 世界最大の教会を牧会する韓国のチョー・ヨンギ先生は、その著書「4次元の人」という本の中で霊の世界の影響についてこう述べています。1次元とは線です。しかし、画用紙に1本の線を引くと、顕微鏡で見るとそこに線の太さが生じ、面という2次元を持ちます。2次元の面はそこに紙の厚みがあるため3次元を含んだ世界となります。3次元の立体はそこに、目に見えない空間や言葉が含まれ、4次元を含みます。つまり1次元は2次元を含み、2次元は3次元を含み、3次元は4次元という霊の世界を含み、影響されます。

 例えば、私たちは3次元という立体の世界に生きていますが、私たちの中には目に見えない心や霊、魂、夢、時間、音、言葉といった4次元の世界を含み、影響を受けています。創世記を見るとそのことがはっきりします。この世界は進化論のように目に見えるものから目に見えるものが造られたのではありません。暗闇の中で何もなかった状態の中で、神様が「光あれ」と命じられたときに光が生じました。つまり霊的な4次元の世界でイメージされたものが、実際に3次元の世界に造られたのです。

 ですから私たちが新しいものを造り出そうとするならば、まず4次元という霊の世界でそれをイメージすることが大事だとチョー・ヨンギ先生は言っています。例えば、「私は駄目だ」「私はできない」「私は不幸だ」という考えを持つと、それがそのまま3次元の世界である自分の身の上に起こります。誰かを赦さずに、憎み続けると、それが4次元の思考の世界でプログラミングされて、結局3次元の世界では自分の身にマイナスの現象が起こり、自分を傷つけてしまいます。ですからイエス様は、「あなたの敵を赦し、愛し、祝福しなさい」とおっしゃったのです。そうした言葉が口から発せられると、4次元の世界で肯定的にプログラミングされて、3次元である自分の身にこれらの祝福が起きるからです。

 同じように他人の悪口や陰口を口から発することは、それが4次元でプログラミングされて、自分自身を傷つけ、それが3次元の世界である自分の周りを造ってしまうからです。こうしてその人は自分の発した言葉によって、自分の不幸を造ってしまうのです。チョー先生はこう言います。「4次元の世界はあなたとわたしの区別がありません。メッセージだけがあります。そのメッセージが思考の中に作られると、一番近い自分の体に最初に影響を与えます。」

 ですから私たちは夢を持ちましょう。神様から夢を頂き、すばらしい明日を作りましょう。


 ”さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。”(ヘブル11:1)
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by carbondalle1996 | 2013-09-27 01:59 | 日記 | Comments(0)

風も嵐も従わせるお方


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それから、イエスが舟に乗り込まれると、弟子たちも従った。すると突然、海上に激しい暴風が起って、舟は波にのまれそうになった。ところが、イエスは眠っておられた。そこで弟子たちはみそばに寄ってきてイエスを起し、「主よ、お助けください、わたしたちは死にそうです」と言った。するとイエスは彼らに言われた、「なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちよ」。それから起きあがって、風と海とをおしかりになると、大なぎになった。彼らは驚いて言った、「このかたはどういう人なのだろう。風も海も従わせるとは」。(マタイ8:23~27)

 小さな舟で激しい嵐に遭遇すると、弟子たちは恐くて仕方がなかったと思います。しかしそのようなときに、イエス様は眠っておられたというのですからこの点もすばらしいお方だとわかります。そして起き上がって風と海をおしかりになると、今まで荒れ狂っていた大波が大なぎになりました。ここでも神様のことばには力があることがわかります。神様がことばを発するとそのように世界が造られる。

 天地万物を創造された神様は「光あれ」と命じると光が生じました。神様がことばを発するとそのようになるのです。子なる神様であるイエス・キリストもことばによって自然界を制止しました。私たちが信じる神様が全能の神というのは理解できるかと思います。全能ですから、逆に言えばできないことは無いという意味です。それが私たちの信じる神様です。今日もすべてを支配しておられる神様を信じ、私たちのすべてを委ねて歩んでまいりましょう。
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by carbondalle1996 | 2013-09-26 02:04 | 日記 | Comments(0)

神は見て良しとされた

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神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。夕となり、また朝となった。第三日である。(創世記1:11~13)

 海と陸を創造された神様は、陸地に植物を創造されました。そして神様はこれを見て良しとされたと聖書は記しています。神様はこのように一つ一つ言葉によって創造されましたが、すべての被造物は神様の目にとって全て良いという状態からスタートしました。ですからキリスト教信仰では、物質的な世界を肯定的に捉えるところから始まっています。金も銀に象徴される富は決して悪ではありません。悪とは、神様以上にそれら物質を求めようとする人間の心に働く力です。

 トルストイは、『人にはどれほどの土地がいるか?』という作品を書きました。ロシアに相当欲の突っ張ったパホームという農夫がいました。どんどん土地を我が物にしていくのを生きがいにしている男でした。そこへ、一人の旅人がやって来て、言うのです。『バシキールという所には、土地がいっぱいあって、そこへ移住すれば、土地を格安に売ってくれるのです。如何です、行ってみませんか?』パホームは、それならといよいよバシキールに向かって旅に出ます。いくらでも土地が手に入るのだったら、どこへでも行く男ですから・・・・。

 長旅の果てにバシキールに着くと、村長が言うのです。『ここにお住みいただけるのでしたら、一日あなたが歩けるだけの土地をお分けします。』――――つまり、一日歩いた面積の分だけパホームにプレゼントする、というのです。彼は夢中で走ります。休んでなんかいられません。食事もろくろくしないで、朝からずうっと、走った、走った。ふらふらになりながら、走り続けました。パホームは苦しかったのですが、欲と二人連れですから走りに走りました。

 さあ、ついに、ゴールが見えてきました。バシキールの人々が彼の方へ手を振って、急き立てています。しかし、もう日が沈みそうです。日が沈む前にゴールにたどり着かなくっちゃ、と走って、走って、ゴールがいよいよ近づいた所で、パホームはばったりと草原に倒れてしまいました。倒れたパホームは、『おお、土地はたくさん取ったが、神様はその上に住まわせてくださるだろうか?おお、俺は自分を滅ぼした!もうこれ以上走れない!』しかし、彼は最後の力を振り絞って、少し走りましたが、また倒れて、そのまま息を引き取ってしまいました。バシキールの村長がそれを見て、大笑いしていました。その村長こそ、悪魔だったのです。下男がスコップを取り上げて、パホームの体が入るだけの墓穴を掘って、彼のからだをそこに埋めました。

 文豪トルストイは、『人にはどれほどの土地がいるか』という題をつけて、人間には自分の体を葬るだけの土地があれば十分だ、と言っているのです。

 信仰の父・アブラハムは、異郷のヘテ人から、【神のような主君です】という評価を受ける程の『神の人』でした。しかし、この世においては、マクペラのお墓の土地しか手に入れなかったのです。しかし、彼の人生は、やはり十分祝福された人生であったのです。私たちは、神様に従う人生を送り、物質的な祝福もいただかなければなりません。しかし、物だけを貪欲に求める人生は、パホームの人生に終わる。トルストイは、そうした人生の虚しさを描いたのです。イエス様は言われました。

 先ず、神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。(マタイ6:33) 

 私たちは、その優先順位を間違えることなく、すべての事に恵まれる人生を送らせていただきたいと思います。今日も神の国とその義とを第一に求めて歩みましょう。
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by carbondalle1996 | 2013-09-25 01:35 | 日記 | Comments(0)

親の権威と海の創造

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神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。(創世記1:9-10)

 三日目に神様は海と陸を創造されました。それまでは地はかたちなく水で覆われた状態でした。神様は「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」と命じられました。すると地上の隆起が起こったのでしょう。それまで平らであった地が隆起することによって陸が起こり、水は低い地へと流れ海が出来たのだと思います。

 神様は「かわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた」とあります。ユダヤ人にとって名前をつけるということは権威の行使を意味します。つまり神様は名前をつけることによって被造の世界に対するご自身の権威を表明されました。そのように考えてみますと親が子供の名前をつけるというのは、子供に対する親の権威の表れでもあるのかもしれません。

 私たちの教会では月に一度十戒を唱えます。十戒はモーセがシナイ山にて神様から授けられた十の戒めです。神様は十戒を2つの石の板に神様の指で記されました。1つ目の石の板には第一から第五の戒めを記し、二枚目の石の板には第六から第十の戒めが記されました。1つ目の石の板は神様のとの縦の関係における戒めが記され、2つ目の石の板には隣人との横の関係における戒めが記されました。

 そこで注目されるのが第五の戒め「あなたの父と母を敬え」です。これは神様との縦の関係を意味する1つ目の石の板に記されました。つまり私たちにとって父と母は隣人という横の関係ではなく、縦の関係だという意味です。神様は家族の中で父と母の地位を神様の代理として置きました。そこには父と母を通して神の戒めや御言葉を学ぶという奥義が隠されています。ユダヤの教えでは、父と母を敬うことを通して目に見えない父である神様を敬うことを学ぶ意味があります。

 父母との関係は神様と同じ縦の関係なのです。決して父母は隣人ではありません。ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2013-09-24 01:56 | 日記 | Comments(0)

おおぞらを創られた神

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神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。(創世記1:6-8)

 神様は創造の第二日目に大空を造られました。その造り方も単純に「大空よ出よ」と命じられたのではなく、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」と命じました。私たちはいつも当たり前のように大空を見ていますから、水と水とを大空が分け隔てているということがよく理解できません。しかしふとアポロ11号が月に降り立った映像を思い出して見ますと、そこに大気がないことに気づきます。そして月の向こう側から地球が写っています。大空が無いというのは、寒々とした暗い月の表面のような世界だと想像できます。

 大空が水と水を分ける働きをしていると聖書は記されています。下の水は海ですが、上の水とは何でしょうか。それは地球を覆っている水蒸気層です。話は少し変わりますが、私はずっと太陽というのはマグマですから、近づくと火傷をしてしまう、決して人間は近づけない星だと考えていました。ところがそうではないと最近学びました。熱を通すのは空気であり、空気の存在しない宇宙空間では熱を伝達しないというのです。ですからどんなに太陽に近づいても熱さは感じないそうです。

 しかしその代わりに、太陽が燃え続けているのは核融合によって燃え続けており、太陽からはたくさんの放射線が発生しているそうです。放射線をそのまま受けてしまうと人間は死んでしまいます。ですから地球を覆っている水蒸気層がこうした有害な放射線を遮断しているということです。遮断できずに地球の中に入ってきた光線の一部が太陽光線となり地球に熱を与えているそうです。このように科学を知ると神様は人間が住めるように大空を創造されたのだとわかります。神様が大空を造り水を分けてくださったから、私たちは地球という家の中で自由に住むことができるのだと思います。

 このようなすばらしい地球が進化論のように突然、偶然的に出来たとは思えません。このようなすばらしい地球環境を学ぶ時、これを設計し創られた創造者の存在を認めずにはおれません。神様はおられます。ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2013-09-23 08:22 | 日記 | Comments(0)

この世界を創られた神様は

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 先週は、秋田中央教会で行われたMigiwaさんのコンサートに参加致しました。彼女に対する1番多い質問は、名前が芸名か本名かというもの。私は芸名かと思っておりましたが本名とのこと。クリスチャンのお母さんが、詩篇23篇のみことば「主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる」から命名。
彼女は小さい頃からお母さんに連れられて教会へ通っておりましたが、中学時代に生きる意味がわからず、不登校となり、やがて家に引きこもる生活となりました。そのような生活が3年ほど続いたあるとき、久しぶりにお母さんと一緒に教会に行き、牧師先生の語った聖書のみことばが彼女の心の奥底にストンと落ちました。

“わたしの目には、あなたは高価で尊い。
           わたしはあなたを愛している。”
                (イザヤ書43章4節)


 この日、Migiwaさんは暗闇から光へと導かれ、3年間の引きこもり生活に終止符が打たれました。それから彼女はギターを弾いて神様を讃美するようになりました。彼女は今、東北の被災地を回って人々を励まし続けています。それはかつて自分も暗闇から光へと導かれた者だから。あるとき被災地を回ったときに、「今回の震災は日本に対する神の裁きだ」という心無い言葉を耳にしたそうです。その言葉に悲しく感じたMigiwaさんは、1つの曲を作りました。

 きみがすべてを失っても 愛する人を失っても
 その痛みをすべて知り 共に泣いている方がいる
 
 この世界を造られた神様は 
 無情な方ではなく きみを愛して愛してやまず
 この世界を造られた神様は
 きみの手強くにぎり 涙をぬぐってくれるから

 聖書のみことばは私たちを闇の支配から光の世界へと導き、私たちの魂に力を与えてくださいます。神様がわたしたちに抱いている計画は絶望ではなく、将来と希望です。今日もみことばを握り締め、希望を抱き歩みましょう。ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2013-09-22 15:57 | 日記 | Comments(0)

祈りに答えてくださる神

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 ある方の証を紹介します。中学1年の冬、スケートが流行しました。凍りついた田畑で雪ぞりに乗っていた私たちの前に、ある子供がスケート靴を履いて現れました。それから、スケート靴を履いた子供達が増えてくると、スケート場は貧しい雪ぞり派と裕福なスケート派に別れました。雪ぞり派の私はスケート靴が欲しくて、何度も父にねだって怒られました。ある聖日のこと、中高生部の伝道師が祈りについてメッセージしました。「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ7:7)
 私は一度信じてみることにしました。数日後の土曜日にスケート靴をくださいという祈祷課題で断食祈祷をしました。その日はちょうど集まりがあって教会に行ったのですが、学生会長だった先輩が一人で教会の掃除をしていました。私を見つけた先輩は喜んでいっしょに掃除をしようと言ったので、私は仕方なく掃除をしました。掃除を終えて家に帰ろうとすると先輩に呼び止められました。先輩はカバンの中からスケート靴を取り出し、履いてみるように言いました。まるで注文したかのようにサイズがぴったりでした。
 「今朝、田舎にいる母がスケート靴を送ってくれたんだけど、サイズが合わなかったんだ。それで今日教会で最初に来た子にサイズが合えばあげようと思っていたんだよ。」
 その瞬間、知らないうちに涙がこぼれました。こんな中学生の祈りにも正確に答えてくださる神に心から感謝しました。その後、私の心には神様の存在が明らかになりました。神を勉強したのではなく体験したからです。


 私たちの神様は祈りに答えてくださいます。問題があれば祈りましょう。主は必ず私たちの欠乏を満たしてくださり、問題を解決してくださいます。
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by carbondalle1996 | 2013-09-20 06:12 | 日記 | Comments(0)