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5つのパンと2匹の魚

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僕を救ってくれたヒーロー

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 ウイルソン少年は生まれて初めてイエス様の話を聞きました。教会生活とはまったく次元の違った世界で生活してきたウイルソン少年は、このときのキャンプで人生が変わる経験をしました。それはイエス様が自分の罪の身代わりとなって死んでくださったというお話です。そしてイエス様は私たちが永遠に生きられるように復活されたこと。ウイルソン少年はこのキャンプで、生まれて初めてイエス様を心に迎え入れました。キャンプから戻ったウイルソン少年をデイヴ夫妻は温かく迎え、彼は牧師夫妻の計らいで教会に住むことが許されました。教会から学校へ通いました。ウイルソン少年にとってデイヴさんは自分を救ってくれたヒーローでした。そしてデイヴさんに憧れてウイルソン少年も自動車整備工となりました。その後、彼は神学校に通い牧師となりました。

 ウイルソン少年の前をどれだけ大勢の人々があの日、通り過ぎたかわかりません。しかし、一人のクリスチャンが声をかけてくれました。デイヴさんはウイルソン少年に何を見たのでしょうか。それは神様から愛されている神の子の姿です。彼は神様の愛を受け取って、今も日曜学校のバスのドライバーをしています。それはあの日の自分と同じ子供を見つけると、いつでも駆け寄って助けるためです。

 ウイルソン先生はいつもこう祈っておられます。「神様、あなたが見えているものを私に見せてください」と。
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by carbondalle1996 | 2014-05-31 18:30 | 日記 | Comments(0)

ビル・ウイルソン

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 ウイルソン先生はどうしてこんなに子供の救いに熱心なのでしょうか。現在、ウイルソン先生の日曜学校は世界中で働いています。そして約10万人を超える子供たちが先生の日曜学校へ通っています。どうして先生はこんなに熱心なのでしょうか。それはウイルソン先生自身が彼らと同じ誰からも愛されない、親から捨てられた子供だったからです。

 ウイルソン先生は12歳のとき母親から捨てられました。両親は離婚し、母親は毎日お酒に溺れ、毎日別の男性が家に酔っ払って寝ているという状態。ある日、母親はウイルソン少年に「ここで待っていなさい」と言って息子を置いていなくなってしまいました。彼は母親の言葉を信じて、来る日も来る日も街の排水管の上に座って母親の帰りを待ちました。1日経ち、二日が経ち、三日が経ちましたが母親は帰ってきませんでした。彼の前を大勢の人々が通り過ぎました

 三日目に一人の男性が声をかけました。「Are you OK?」彼の名前はデイヴ・ラディネス。自動車整備工でクリスチャンでした。彼は暇だったわけではありません。家には白血病の息子を抱えて大変な時でした。ですから他人の心配などしている場合ではなかったデイヴが、私に近づき声をかけてくれました。食事は食べたか。お腹はすいてないか。すぐに家に電話して妻に食事を持ってこさせました。彼は私に「教会のキャンプに行かないか」と声をかけました。デイヴはキャンプの費用17ドル50セントを払って、私をキャンプに連れて行ってくれました。
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by carbondalle1996 | 2014-05-30 06:49 | 日記 | Comments(0)

あなたが見えているものを

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イエスの頭に巻いてあった布は亜麻布のそばにはなくて、はなれた別の場所にくるめてあった。すると、先に墓に着いたもうひとりの弟子もはいってきて、これを見て信じた。(ヨハネ20:7~8)


 ペテロよりも先に墓に着いたヨハネでしたが、慎重なヨハネはなかなか墓にはいりませんでした。ペテロが入ってやっと墓の中に入り、マリヤが言ったことが事実であることを見ました。そして驚いたことに、イエス様の死体を巻いた亜麻布が巻かれた状態のまま置かれていたのです。そして頭の部分の布もそのまま頭が置かれた場所に巻かれたままの状態で置かれていたのを見ました。それは剥ぎ取られたようには見えず、あたかもイエス様がそこから抜け出して、それを置いて立ち去ったかのように見えます。ここでヨハネに使われている「見た」というギリシア語は「ホウロウ」という言葉で、見て信じるという世界。ウイルソン先生はヨハネは心で見たと解釈。

 ウイルソン先生はここで3枚目の写真を見せてくださいました。それは口の中に大きな腫瘍ができて苦しんでいる少年の写真です。「あなたは何をみますか」。この少年もやはりウイルソン先生の日曜学校のバスがある孤児院の前を通ったときに発見しました。口の中に腫瘍ができており、もう何日も食事をとっていないため死にかけていた状態でした。すぐにハイチのスタッフからアメリカのウイルソン先生に電話が入りました。「どうしましょうか」「すぐにアメリカへ連れてきなさい」「パスポートがありません」。翌日、ウイルソン先生はハイチに飛びました。子供は死にそうな状態。パスポートを作りたくても出生証明書がありません。ウイルソン先生は出生証明証を偽造して、すぐにパスポートを作りました。

 先生はこう言いました。クリスチャンの中には、クリスチャンが出生証明証を偽造なんてしていいのですか。それは罪ではないですかと。先生は命のためにはあえてルールを破るということも時には大切だと言っています。アメリカに運ばれた少年の手術をマイアミの一人の医者が無料でしてくださいました。手術は7時間半に及ぶ大手術でしたが成功しました。彼の口を塞いでいた大きな腫瘍は切除され、彼は今元気になって日曜学校に通っています。

 先生はこの少年の写真がFAXでアメリカに届いたときに何をみたのでしょうか。腫瘍が取り除かれ、元気に神様を礼拝している神の子の姿を見ました。マリヤとペテロ、ヨハネは同じ空っぽの墓を見ました。しかし、それぞれの心に写った光景は違いました。ヨハネは見て信じたとあります。ウイルソン先生はいつもこう祈っておられます。「神様、あなたが見えているものを私に見せてください」と。
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by carbondalle1996 | 2014-05-29 05:49 | 日記 | Comments(0)

じっくり見る

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そこで走って、シモン・ペテロとイエスが愛しておられた、もうひとりの弟子のところへ行って、彼らに言った、「だれかが、主を墓から取り去りました。どこへ置いたのか、わかりません」。そこでペテロともうひとりの弟子は出かけて、墓へむかって行った。ふたりは一緒に走り出したが、そのもうひとりの弟子の方が、ペテロよりも早く走って先に墓に着き、そして身をかがめてみると、亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、中へははいらなかった。シモン・ペテロも続いてきて、墓の中にはいった。彼は亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、(ヨハネ20:2~6)


 マグダラのマリヤの話を聞いたペテロとヨハネは一緒に墓に向かって走り出しました。二人は一緒に走り出したのですが、墓に着いたのはヨハネの方が先でした。きっとヨハネの方が若かったので、足が速かったのでしょう。しかし、ヨハネは墓に着いて身をかがめて中をのぞきこみましたが、墓の中へは入ろうとしませんでした。この当たりはヨハネという人物がとても慎重な弟子であったことが伺えます。もう一人の弟子ペテロは墓に着くやいなや墓の中に入り、すべてマリヤが言ったとおりであったことを見ました。

 ここでペテロに使われている「見た」というギリシア語は、「セオレオウ」という言葉で「じっくり見る、観察する」という意味です。ペテロは墓の中を見ました。イエス様の遺体はそこに無く、イエス様を巻いていた布がきれいにそこに置かれていた光景を見ました。彼は一所懸命頭で考えるのですが理解ができないという見方です。

 ウイルソン先生はここで2枚目の写真を見せてくださいました。それは丸いお皿がたくさん並べられた写真です。先生は再び会衆に尋ねました。「あなたは何を見ますか。」私たちはまるでペテロのようでした。じっくり写真を見て観察しましたが、それは丸い模様にも見えますし、お皿にも見えますし、何かのアートにも見えましたが理解できませんでした。

 ウイルソン先生は、「これはドロで作られたパイです」と言いました。カリブ海の国ハイチでは一日で何百人もの子供たちが餓死しています。食べるものが無くて空腹で死を待つ子供たち。政府は食べさせるものが無いため、泥でこねた丸い皿を乾いた大地の上に並べます。それは乾いて皿のように固くなります。政府はそれを餓死寸前の子供たちに食べさせているのだといいます。信じられない光景です。ウイルソン先生はハイチでこうした子供たちに食べ物を提供するボランティア活動をしています。
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by carbondalle1996 | 2014-05-28 06:37 | 日記 | Comments(0)

あなたは何を見ますか?

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さて、一週の初めの日に、朝早くまだ暗いうちに、マグダラのマリヤが墓に行くと、墓から石がとりのけてあるのを見た。(ヨハネ20:1)


 マリヤは日曜日の朝、イエス様の遺体に香料を塗ろうと思って急いで墓に向かいました。墓に着くと墓をふさいでいた石が取り除けられて、イエス様の遺体が無くなっているのを見ました。ここでマリヤに使われている「見た」というギリシア語は「ブレポウ」という動詞です。それは見るには見たが理解できなかったという見方です。

 このときビル・ウイルソン先生は1枚の写真を見せてくださいました。それはお腹が大きくなって苦しんでいる女性の写真でした。ウイルソン先生は私たちに尋ねました。「みなさんはこの写真から一体何を見ますか」。私たちは答えました。「一人の妊婦が陣痛で苦しんでいる姿を見ます。」ウイルソン先生は、この女性を発見したときの事を話してくださいました。ドミニカ共和国で日曜学校をしていたときに送迎バスが路上で苦しんでいるこの女性を発見しました。そこには大勢の人々がいましたが、誰も彼女を助けようとしませんでした。バスは彼女を乗せて病院へ行きました。次の写真が映し出されたとき会場は驚きで包まれました。それは手術後の写真でした。お腹のへこんだ女性のかたわらに彼女のお腹から取り除かれた大きな腫瘍が映し出されました。

 私たちはお腹を抱えて苦しんでいる女性を妊婦だと思いこみ、それを陣痛の苦しみと見ました。しかし、彼女が苦しんでいたのは陣痛ではなく、悪性の腫瘍で苦しんでいたのです。これがマグダラのマリヤが見た見方です。見るには見たが理解できなかったという「ブレポウ」という見方です。
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by carbondalle1996 | 2014-05-27 06:37 | 日記 | Comments(0)

誰にお任せするのか

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 著名な女流作家で比叡山延暦寺の僧侶でもある瀬戸内寂聴さんをみなさんご存知だと思います。厳しい修行をされて僧侶の資格を持ち、毎週青空説法と言って法話会を開いております。あるときの法話で寂聴さんはこのようなことを語っています。

 「死んだらどうなるのってよく聞かれるけど、そんなことわからないわ。だってまだ死んでないんだもの。みんな適当なことを言っているけど、誰も知らないんですよ。ときどき映画であの世のことをやるけど、あれはあの世へ行って映画を撮ったわけではない。こっちの世で撮ったわけです。でもわからなくてもいいじゃありませんか。今生きていてもそうでしょう。予定を立てたってそのとおりにならないことが起こっている。だから先のことをくよくよ思い煩うことはないですよ。もう任せておけば良いのです。」

 こんな内容の法話です。わからないから聞いている人にわからなくていいじゃありませんか。おまかせすればいいと寂聴さんは言っていますが、それではいったい誰に任せるのでしょうか。その誰を寂聴さんは答えていません。もちろん適当に生きている人にはこの程度の話で良いかもしれません。しかし、真剣に自分が死んだら何処へ行くのか。私の愛する家族は何処へ行ったのかと真剣に問う人にとっては、この寂聴さんの答えはあまりにもいい加減でのんきな答えではないでしょうか。

 この話を聞いたときにもう一人の女流作家のお話を思い出しました。それはクリスチャン作家の三浦綾子さんです。三浦綾子さんは1999年にガンで亡くなりましたが、晩年は癌との闘病生活を送っていました。亡くなる直前に綾子さんはこのように言っています。「朝起きると、今日が私の命日になるかもしれないと思う。しかし、イエス様が私のそばにいて、心配するなと言ってくださるので私はいつも安心です。人間は、いつかは死ぬということを覚えておきたいものだ。自分には最後に死ぬという大事な仕事が残っている。」

 三浦綾子さんは自分が死んだら何処へ行くのかということをはっきりとわかっておられました。そして自分の魂を誰にお任せすれば良いかもわかっておられました。この二人の有名な女流作家の死生観はまったく対照的です。聖書は、人は死で終わらない、死後に天国で永遠のいのちがあるとおしえています。私は最近、このことを深く感じるようになりました。自分はいつ死んでも天国へ行ける。だから今をもっと真剣に生きなければいけない。神様によって生かされている命を大切にしなければならないと思いました。
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by carbondalle1996 | 2014-05-26 05:16 | 日記 | Comments(0)

ウルトラマン

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 「光の国から正義のために来たぞわれらのウルトラマン~♪」を子供の頃よく歌いました。ウルトラマンの「シュワッチ!」は、「主」のことであり、怪獣を倒す時に最後に使う「スペシウム光線」を放つポーズは十字を描いてひざまずく。これらとキリスト教との関連に確証はありませんが、円谷英二監督や脚本家の市川森一氏はキリスト教徒でした。市川氏はウルトラマンエース13・14話でウルトラ兄弟が十字架に架かるシーンを描き、その舞台は『ゴルゴダ星』であり怪獣「バラバ」が登場した。

 飛行機が大好きだった円谷少年は、15歳で日本飛行学校に入学。飛行士を目指すが、飛行機事故で学校は閉鎖。機械好きな円谷氏は、映画会社に入り、様々な技法を使った撮影技術を生み出した。太平洋戦争が始まると軍部によって国民の戦意を煽る戦争映画を作らされ、敗戦後はその作品のため、GHQから戦争協力者と見なされ公職追放。それまでの人々からの称賛が、一夜にして戦争協力者への罵倒に変わり、世の人々への不信感となりました。この経験が、円谷氏にとって「永遠に変わらないもの」を求めるきっかけとなり、後にクリスチャンである妻の勧めで、1960年4月24日に成城カトリック教会で洗礼を受けました。

 1954年、東宝は巨大怪獣ゴジラを主役とした映画を極秘で製作、円谷氏はその特撮監督に任命されました。やがてテレビの普及と共に日本中で怪獣ブームとなると、円谷氏は自らプロダクションを設立しウルトラマンを生み出しました。円谷監督は「残酷なシーンは撮らない」と決め、全国の子どもたちから支持を得ました。
東日本大震災の後、ウルトラマンたちは被災地で家族を亡くしたり、友達と離れ離れになった子供たちのためにイベントを開いている。悲しみという怪獣と戦う子どもたちに、夢を持つ大切さをそっと語りかけている。円谷氏は若者たちにいつもこう語っていたそうです。「夢がなきゃ進歩はない。夢を無くしちゃだめだよ」と。

 箴言29章には「幻の無い民は滅びる」とあります。子どもの頃から空を飛ぶことに憧れた円谷少年の夢は、やがて飛行機の精巧な模型を作り、特撮技術を用いた映画作りに反映されました。神様は彼のこうした賜物を「平和を願う映画」作りに用いられました。このような生涯を見るとき、人は神に愛されていることを知るのだと、私は思います。光の国から正義のために来られたウルトラマンの姿は、神の国から私たちを救うために来られたイエス・キリストの姿に重なります。ウルトラマンは世代を超えて人々に愛と勇気と希望を与えています。栄光在主。

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by carbondalle1996 | 2014-05-25 16:55 | 日記 | Comments(0)

ポケットの中の100ドル札

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 ハーランド・デヴィッド・サンダースという人をご存知でしょうか。この名前は知らなくてもカーネル・サンダースと言えばみなさんご存知だと思います。彼は1890年に生まれ、6歳のときにお父さんを亡くしました。お母さんは一所懸命に工場で働きに行き、幼いサンダース少年は留守の家で妹や弟たちの面倒を見て家事をしました。あるときお母さんや弟や妹たちのためにパンを焼きました。そのパンがとても美味しくてお母さんから褒められたことがきっかけで、サンダース少年は料理に興味を持つようになり料理に今まで以上精を出すようになりました。

 お母さんは熱心なクリスチャンで毎週日曜日に教会へ子供たちを連れて行きました。お母さんの口癖は、「仕事はベストを尽くしなさい。そして人に喜ばれる生き方をしなさい」というものでした。子供の頃に聞くお母さんの言葉というのは、子供の心に深く残るものです。サンダース少年にこのときのお母さんの言葉が心に残り、彼の一生を支えたと言われています。

 家が貧しかったサンダース少年は小学校を卒業して働きにでました。いろいろな職業を転々としましたが、37歳のときに小さなガソリンスタンドを始めました。長距離ドライバーにガソリンを売るという仕事でしたが、あるときドライバーから「何か食べるものはないか」と聞かれ、その場でサドイッチを作って売りました。これが好評となり、ガソリンスタンドの隅っこにフードコーナーを設けました。するとドライバーはガソリンを入れている間にここでサンドイッチを食べるようになり、サンダース青年はガレージを改装してガソリンスタンドの隣にサンダースカフェを開きました。これがサンダースカフェの始まりです。

 特にサンダースカフェで一番人気だったのが、チキンです。サンダースカフェのチキンは美味しいという評判がトラックドライバーの間で広まり、大勢のドライバーがサンダースさんのガソリンスタンドに来るようになりました。そしてサンダースさんは40歳のときに思い切ってガソリンスタンドを辞めて、レストラン事業を始めました。このレストランがとても当たり、50歳のときには153席もあるレストランをもつほどになりました。

 ところが60歳のときに転機が訪れました。アメリカ政府は国中に高速道路を広めようと計画し、サンダースさんの町にも高速道路が出来ました。すると長距離ドライバーはそのまま高速に乗って街を通り過ぎてしまい、次第に客足が遠のいてしまったのです。そしてとうとう65歳の時レストランは倒産してしまいました。

 若い頃は非常に傲慢であったと、カーネル・サンダースは自分自身を振り返りました。ところがアメリカを襲った経済不況の波にさらされ、事業は縮小を余儀なくされ、営んでいた食堂も火災で失うと、深く失望しました。ただ一つの希望であった息子まで失い、妻も彼のもとを去ると、彼の心は病んでいきました。還暦を過ぎてみじめん落ちぶれていたある日、礼拝堂にいると、女性の歌声が聞こえてきました。

 「いかにおそるべきことありとも、みつばさのかげはやすらかなり」(聖歌347番)。とめどなく悔い改めの涙が流れました。傲慢に生きていた過ぎた日々を悔いて、へりくだって生きることを決心し、もう一度立ち上がったのです。これが65歳の再出発をした日のできごとでした。彼が自分を低くすると、神は彼を高めてくださったのです。

 ポケットの中の105ドルの小切手と古い自動車が彼の全財産でしたが、彼は人生をこんなかたちで終えたくないと考えました。自分にできることは鶏肉料理をおいしく作ることだと考えた彼は、白い背広を着て、鶏肉料理のレシピとつけだれの入った器を抱えてレストランのオーナーを訪ねました。そうして始まったフランチャイズ事業が、ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)です。

 サンダースさんの信仰は晩年に益々盛んになり、貧しい人々や社会のためにたくさんの基金を作りました。貧しくて大学へ行けない若者のために育英基金を作り、孤児院のために寄付をして、病院を建てたりしました。そうした彼の功績が認められ、ケンタッキー州からカーネル(大佐)という称号が与えられました。こうしてカーネル・サンダースおじさんが生まれました。

 カーネル・サンダースさんはこう言います。「何をするにしても神様と人々に喜んでいただくという動機ですれば、神様は必ず良くしてくださる。」
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by carbondalle1996 | 2014-05-24 06:02 | 日記 | Comments(0)

みにくいアヒルの子

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 私たちはイエス様の十字架によって罪赦された者です。ですから他者の罪を裁くのではなく、赦す者でなくてはなりません。裁くお方は神様ただお一人です。ですから私たちが他人を裁くとき、私たちは自分を神様の座に置いていることになります。すると私たちは知らず知らずのうちに神様を追い出しているのです。イエス様は私たちを裁くために来られたのではありません。罪赦すために来られました。ですから私たちが裁くとき、イエス様は私たちの反対側である裁かれる者と共にそこにおられるのです。

 するとそこに悲劇が起こります。私たちはイエス・キリストを愛している。イエス様を多くの人々に知ってもらいたいと望んでいるのに、キリストは私たちの反対側に立っているという悲劇が起こるのです。家庭で家族を裁くとき、教会が裁き合うとき、会社で裁き合うとき、イエス様は裁かれているその相手の傍らに立っておられるのです。クリスチャンが他人を裁くとき、教会はイエス様を追い出し、聖霊様を教会から追い出してしまうという悲劇を生んでしまうのです。

 私たちは相手の罪が梁のように大きく見えて、自分の罪は塵のように小さく見える者です。しかし私たちが神様を本当に信じているならば、他人の失敗や欠けが見えたならば、それをもってそのまま神様にぶつかって行けば良いのです。人にぶつかってゆけばその梁はいよいよ大きくなるばかりで、自分の欠点はますます見えなくなります。しかし他人を裁くその心をそのまま神様にぶつけて行くならば、その比較は逆になります。ちりほどにしか思わなかった自分の側の欠点が、主の光に照らされ、主の愛に接して行くときにだんだんと梁のように大きくなり、相手の欠点はだんだんと小さく塵のようになってゆきます。神様は真実な方ですから、私たちが本当に主に向かってそのようにぶつかってゆくときに本当にそのような体験をします。

 私は昔、クリスチャンになって地元の教会に通っていた頃は、そのように他人の欠点が梁のように大きく見えてばかりいました。ですから牧師を裁き、教会員を裁き、青年会を裁いていました。私の親友のNくんが当時の私の状況をこう言っています。「小西さんはあの頃、バッタ、バッタと人を裁きまくって、返り血がすごかった」。恥ずかしい限りです。当時は自分の罪など見えず、相手の悪い所しか見えませんでした。クリスチャンなのに聖書もろくに読まない、クリスチャンなのに祈りもしない、クリスチャンなのに祈祷会にも来ない。クリスチャンが未信者と結婚ばかりしている。もう裁いてばかりいました。

 あるとき車を運転しているとき、自分が裁いてばかりいたことが神様から示されました。そして私が一番裁いていた青年会の友人が、私のために祈っているということを知ったときに私は本当に自分が高慢で目の中に梁があったことを知りました。イエス様が言ったとおり、私は自分が裁いたため神様に裁かれ、自分が測ったその計りで自分も秤り返されていたことを知りました。

 韓国釜山で牧会されているジョン・ビルド先生はこの神様の真理についてこう解き明かしています。「私たちが醜いアヒルの子と決めつけた人でも、神様が用いてくだされば一晩で美しい白鳥に生まれ変わることができる」と。

 みなさんの周りにみにくいアヒルの子はいませんか。私の周りにたくさんいます。そのようなアヒルの子が生き生きと働いている姿を見てその理由を見て納得しました。その人の隣に座っている人が、その人を信じているからでした。人から信じられている。信頼されているということが、この人を白鳥にしているのかなと思いました。私たちが醜いアヒルの子と決めつけた人でも、神様が用いてくだされば一晩で美しい白鳥に生まれ変わることができるのです。隣人をアヒルの子とするか、白鳥とするかはあなた次第です。
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by carbondalle1996 | 2014-05-23 05:56 | 日記 | Comments(0)

塵と梁


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なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。(マタイ7:3)

 他人のちりは見えるが、自分の目の中にある梁には気づかない。これが神様から見た人間の姿です。ちりは目に入るほどの小さなものであるのに、梁は家を支える横木です。そのような物がどうして目の中に入るのかと思いますが、私たちが他人を裁くときの目というのは、そのような目に入らないほど大きな物で見えなくなっているのです。ですからイエス様は、まず自分の目から梁を取り除きなさいとおっしゃったのです。そうすればはっきり見えるようになると。

 マタイ福音書6章では「あなたの目が澄んでいればあなたの体も明るい」と学びました。目が澄んでいるとは、まっすぐに神様を見つめる目です。神様をそのまま素直に見ることができたら、他人の罪など見えません。見えるのは自分の罪ばかりです。しかし、そのような罪だらけの私を神様はイエス・キリストの十字架によって全ての罪を赦してくださったことを知るとどうでしょうか。心は感謝の気持ちで一杯になります。そして何をもってしても照らすことのできなかった私たちの心は、キリストの光によって照らされ、私たちは希望の人生を歩むことができるのです。

 イエス様が十字架上で神様に向かって「わが霊をみ手にゆだねます」とおっしゃったとき、エルサレムに大きな地震が起こり、神殿の至聖所の幕が上から真っ二つに裂けたとあります。神殿には聖所があり、その奥に至聖所があります。至聖所は真っ暗でそこには大祭司だけが年に1度入ることが許されていました。そこに神様の臨在があるとされていました。しかしイエス様が十字架上で全人類の罪の身代わりとなって死なれたとき、厚さ30cmの幕が下からではなく上から引き裂かれました。その意味は人が引き裂いたのではなく、神様ご自身がこの至聖所の幕を引き裂いたということです。それによってもう大祭司が年に1度神様の前に出なくても、誰でもイエス・キリストを通して神様の前に出ることが許されたということです。

 私たちはそのようにイエス・キリストの尊い血潮によって罪赦された者です。それが私たちの新しい身分です。私たちはみな罪人ですが、罪赦された罪人です。ですからどうして私たちは自分が赦されない罪を神様の愛によって一方的な恵みによって赦されたのに、他人を裁くのでしょうか。イエス様はその私たちの姿を見て、あなたの目にある梁をまず取り除きなさいとおっしゃったのです。それは自分が罪赦された者という真理を忘れた姿です。




なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。(マタイ7:3)

 他人のちりは見えるが、自分の目の中にある梁には気づかない。これが神様から見た人間の姿です。ちりは目に入るほどの小さなものであるのに、梁は家を支える横木です。そのような物がどうして目の中に入るのかと思いますが、私たちが他人を裁くときの目というのは、そのような目に入らないほど大きな物で見えなくなっているのです。ですからイエス様は、まず自分の目から梁を取り除きなさいとおっしゃったのです。そうすればはっきり見えるようになると。

 マタイ福音書6章では「あなたの目が澄んでいればあなたの体も明るい」と学びました。目が澄んでいるとは、まっすぐに神様を見つめる目です。神様をそのまま素直に見ることができたら、他人の罪など見えません。見えるのは自分の罪ばかりです。しかし、そのような罪だらけの私を神様はイエス・キリストの十字架によって全ての罪を赦してくださったことを知るとどうでしょうか。心は感謝の気持ちで一杯になります。そして何をもってしても照らすことのできなかった私たちの心は、キリストの光によって照らされ、私たちは希望の人生を歩むことができるのです。

 イエス様が十字架上で神様に向かって「わが霊をみ手にゆだねます」とおっしゃったとき、エルサレムに大きな地震が起こり、神殿の至聖所の幕が上から真っ二つに裂けたとあります。神殿には聖所があり、その奥に至聖所があります。至聖所は真っ暗でそこには大祭司だけが年に1度入ることが許されていました。そこに神様の臨在があるとされていました。しかしイエス様が十字架上で全人類の罪の身代わりとなって死なれたとき、厚さ30cmの幕が下からではなく上から引き裂かれました。その意味は人が引き裂いたのではなく、神様ご自身がこの至聖所の幕を引き裂いたということです。それによってもう大祭司が年に1度神様の前に出なくても、誰でもイエス・キリストを通して神様の前に出ることが許されたということです。

 私たちはそのようにイエス・キリストの尊い血潮によって罪赦された者です。それが私たちの新しい身分です。私たちはみな罪人ですが、罪赦された罪人です。ですからどうして私たちは自分が赦されない罪を神様の愛によって一方的な恵みによって赦されたのに、他人を裁くのでしょうか。イエス様はその私たちの姿を見て、あなたの目にある梁をまず取り除きなさいとおっしゃったのです。それは自分が罪赦された者という真理を忘れた姿です。
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by carbondalle1996 | 2014-05-22 05:51 | 日記 | Comments(0)