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5つのパンと2匹の魚

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天国は本当にある

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 「天国は本当にある」という映画が上映されました。一人の少年が天国へ行って帰ってきたその出来事を映画にしたものです。その少年は人々に天国の存在を伝えたくて、このタイトルを選びました。少年がある日、牧師である父親に「僕は天国でおじいちゃんに会った」と言いました。父親が「どうしてその人がおじいちゃんだとわかったの」と尋ねると、「その人が僕を抱っこして、君のお父さんのお父さんだよ」とおしえてくれたからだそうです。

 父親はおじいちゃんの写真を息子に見せましたが、息子は違うと言いました。父親はやっぱり息子は夢でも見たのだろうと思ったのですが、気になることがあり、部屋の奥からおじいちゃんの青年時代の写真を見つけて息子に見せました。すると息子は、「この人がおじいちゃんだよ」と言いました。天国では老人はいません。みんなが青年の姿です。
  
 しかしイエス様は死んで行く天国だけを語ったのではありません。私たちはこの地上でイエス様を救い主として受け入れるならば、そこに神の支配が起こり、私たちの心に神の国が始まるのです。

 人々は荒野へ出て行きました。荒野という言葉はミドヴァールと言います。これは「語る」とか「言葉」という意味のヘブル語ダヴァールから派生した言葉です。つまり荒野とは神様の語りかけを聴く場所。神様の声を聴く場所。それが荒野です。私たちの人生にも荒野はあります。どうしてこんな不幸になってしまったのか。なぜこんな失敗を犯してしまったのか。しかし聖書には、「荒野で主の恵みを得た」と書かれています。

 荒野は誰もが行きたくない場所で、通りたくない人生の苦難です。しかし、荒野を通らなければ人は神様に出会うという恵みに預かることもありません。であるならば荒野もまた神様の恵みとなります。人々は荒野に出て行き、風に揺らぐ葦を見に行ったのではありません。どんな北風が吹いても揺れずに神様に根を張って立つバプテスマのヨハネに会うために行ったのです。ヨハネをエリヤとして受け入れる者は、イエス・キリストを受け入れ、神の国はその人の中に生まれます。あなたもどうぞイエス様を心に迎え入れてください。
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by carbondalle1996 | 2015-02-28 23:55 | 日記 | Comments(0)

神の国はほとばしる

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バプテスマのヨハネの時から今に至るまで、天国は激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている。(マタイ11章12節)

 この聖書の御言葉は最も解釈の難しい聖句の一つです。今までに聖書学者がいろいろな解釈をしてきましたが、どれが正しいという解釈はありません。私はいろいろな解説書を読む中で、ユダヤ人ヘブル語学者のデヴィット・ビヴィン博士の解釈に心が留まりました。ビヴィン博士は、これはミカ書2章13節が鍵だと述べています。

ヤコブよ、わたしは必ずあなたをことごとく集め、イスラエルの残れる者を集める。わたしはこれをおりの羊のように、牧場の中の群れのように共におく。これは人の多きによって騒がしくなる。打ち破る者は彼らに先だって登りゆき、彼らは門を打ち破り、これをとおって外に出て行く。彼らの王はその前に進み、主はその先頭に立たれる。(ミカ書2章12~13節)

 これは夜間に羊を囲い囲んだ羊飼いの様子です。羊飼いは丘の斜面に石を積んで石垣を作り羊が狼に襲われないように守ります。翌朝、羊を牧草地へ連れ出すのに、並べた岩を崩して穴を開けます。羊たちは窮屈な場所から早く出たいと待ちかねており、穴が出来るとそこを打ち破るように飛び出そうとします。小さな門を打ち破って、緑の草のあるところまで突進して行きます。それはまるで決壊したダムから水が溢れ出ているようです。博士は13節の「打ち破る者」をエリヤと解釈し、「彼らの王」をイエス様と解釈しています。

 つまりデヴィット・ビヴィン博士は、「天国はほとばしり出ている。そしてその中のすべての者がほとばしり出ている」と解釈しています。つまりバプテスマのヨハネが神の国の囲いを打ち破って、彼らに先だって出た。そして神の国の人々はこの門を打ち破るように激しく出て、ヨハネの後に続いている。このようにバプテスマのヨハネの登場から今日に至るまで、神の国は激しくこの世界にほとばしり出ている。イエス・キリストが神の民の先頭に立って、私たちを導いておられます。

 2000年前からすでにイエス様によって神の国、神の支配は到来しています。イスラエルのガリラヤ湖の小さな町で始まったこの運動は、世界中に広がり、日本にいる私たちの街にも来ました。神の国はまさに主を信じる私たちのただ中にあります。主を信じるあなたの中に神の国は存在します。今日も主に信頼して歩みましょう。
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by carbondalle1996 | 2015-02-27 04:59 | 日記 | Comments(0)

天国で最も小さい者も

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あなたがたによく言っておく。女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物は起らなかった。しかし、天国で最も小さい者も、彼よりは大きい。(マタイ11章11節)

 「女の産んだ者」という表現は、ユダヤ人特有の表現方法で私たち人間を指します。バプテスマのヨハネより大きい人が起こらなかったとは、歴史上の人物の中でヨハネの能力や人格、才能や働きが誰よりも優れていたという意味ではありません。それは神様がヨハネに委ねた使命の大きさを意味します。

 旧約時代の預言者は「メシヤが来られる」と言いましたが、ヨハネは「メシヤはすでに来た」と言いました。そしてヨハネにはメシヤが通られる道を整えるという神様から大きな使命を委ねられていました。ですからこの地上において神様の視点では、バプテスマのヨハネは最も大きな者です。

 ところがこの視点を地上から天国に移すと違った見方になります。地上で一番大きいと評価されたバプテスマのヨハネでさえ天国では最も小さい者だとイエス様は言いました。ここで言う天国とは何処でしょうか。死んだら行く所でしょうか。それも正しいと思います。しかしイエス様の宣教の言葉に、「神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信ぜよ」とあります。神の国とは天国です。自己中心という自我に死んで、救い主を信じるならば、神の国はあなたがたの中に起きるというのがイエス様のメッセージです。

 福音を信じるとは救い主としてイエス・キリストを心の中心に迎え入れること。それが福音を信じることです。そうした人々はみな神の子とされ、神の国の民となります。つまり天国での大きい小さいとは、働きの大きい小さいではなく、イエス・キリストとの関係が近いか遠いかとなります。地上で大きな働きをしたヨハネでさえも、イエス・キリストを救い主として信じた民で構成される神の国では、最も小さい者なのです。

 私たちとイエス様との関係はいかがでしょう。心の中心にいつもイエス様が座っておられますか。時々、イエス様を外に出して、自分がそこに座り、死んだはずの自己中心の罪がゾンビのように生き返っていませんか。イエス様を心に迎え入れるならば、私たちは神の子とされ、私たちの心に神の国が生まれます。ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2015-02-26 15:33 | 日記 | Comments(0)

マラキの預言

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『見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの前に、道を整えさせるであろう』と書いてあるのは、この人のことである。(マタイ11章10節)

 イエス様はマラキ書の預言を用いてバプテスマのヨハネを紹介しました。預言者マラキはメシヤが来る前にエリヤが登場し、エリヤはメシヤの道を備える働きをすると預言しました。神様が「わたしはわが使者をつかわす」と言われた使者こそバプテスマのヨハネでした。

 ヨハネはイエス様が登場する前に荒野で宣教を開始しました。彼は人々に悔い改めを説きました。悔い改めるとは「方向を180度転換する」という意味です。私たちが自分中心に生きて来た方向を180度転換し、神様を中心として生きること。これが悔い改めです。バプテスマのヨハネは悔い改めの象徴として、ヨルダン川で人々に洗礼を授けました。

 洗礼とは頭から足の先まで水に浸かることです。すると人は息ができずに死んでしまいます。つまり洗礼とは今までの自己中心という生き方に死ぬことを意味します。そしてこれからは自分中心ではない、神様を中心とした命で生きることを意味します。バプテスマのヨハネはこのように悔い改めのバプテスマを人々に施し、イエス・キリストが来られる道を整える働きをしました。

 バプテスマのヨハネとイエス様の関係は、宣教師と牧師との関係に似ているかもしれません。宣教師は福音が語られていない地に入り、そこで福音を宣べ伝え、洗礼を授け、教会を建て上げたら、それを牧師に委ねて自分はまた奥地へと進んで行く。戦後日本に来られた宣教師もみなさん同じです。戦後、日本に来たルーテル同胞団の宣教師も福音が届いていない日本海側に福音を伝えたいと酒田で伝道を始め、その後秋田に来ました。保守バプテストの宣教師も同じように東北に進みました。

 バプテスマのヨハネも悔い改めのバプテスマを施し、イエス様の道備えをしましたが、人々の魂を養い、教会を牧会したのはイエス様でした。開拓する宣教師の働きと、教会を養うという牧師の働きが両輪となって神の国は拡大します。あなたの心に神の国はありますか?信じる者の心に神の国は創られます。
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by carbondalle1996 | 2015-02-25 06:41 | 日記 | Comments(0)

誰に出会うために荒野へ

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では、何を見に出てきたのか。柔らかい着物をまとった人か。柔らかい着物をまとった人々なら、王の家にいる。では、なんのために出てきたのか。預言者を見るためか。そうだ、あなたがたに言うが、預言者以上の者である。(マタイ11章8~9節)

 次にイエス様が挙げた例えは「柔らかい着物」でした。柔らかい着物は、富と権勢を誇る王侯貴族が好んで着た着物。そのような柔らかい着物を着た人々は荒野ではなく、王の宮殿に住んでいました。バプテスマのヨハネを捕えたヘロデ・アンティパスはまさに柔らかい着物を着て、ティベリアスという町に宮殿を建て暮らしていました。あなたがたはヘロデのような人物に会うためにわざわざ荒野へ出て行ったのではないでしょうとイエス様は言われました。

 民衆が荒野へ出て行ったのは、時流に流されて生きる葦のような人に出会うためではなく、どんなに強い北風が吹いても揺れず、しっかりと神様という土台に根を張って立つ預言者ヨハネに出会うために荒野へ赴きました。彼らは柔らかい着物を着て権勢を誇る支配者に会うために荒野へ出て行ったのではなく、らくだの毛衣を着て、皮の帯をしめている預言者ヨハネでした。そしてイエス様はヨハネを預言者以上の存在と認めました。

 バプテスマのヨハネは旧約の預言者たち以上の存在でした。それは彼が偉大であったということではなく、ヨハネが神様から与えられた使命が旧約の預言者以上だったということです。旧約の預言者は「メシヤは来られます」と宣言しました。しかしヨハネは「メシヤはすでに来られた」と宣言しました。メシヤはもうすでにこの地上に来られたのです。

 救い主イエス・キリストはこの地上に2000年前に来られました。そしてイエス様と全く同じ別の助け主なる聖霊様が私たちといつも共におられます。あなたが受け入れるならば、聖霊様は今日もあなたと共におられます。ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2015-02-24 06:44 | 日記 | Comments(0)

風に揺らぐ葦

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彼らが帰ってしまうと、イエスはヨハネのことを群衆に語りはじめられた、「あなたがたは、何を見に荒野に出てきたのか。風に揺らぐ葦であるか。(マタイ11章7節)

 ヨハネの弟子たちは、イエス様から回答を頂きヨハネの元に急ぎました。彼らが立ち去るのを見届けたイエス様は、ヨハネの弟子とのやりとりを聞いていた人々に向かって、バプテスマのヨハネについて話し始められました。聴衆の多くは、ヨハネがヨルダン川でバプテスマを授けていたことをよく知っていました。イエス様は彼らにその出来事を思い出させるために「あなたがたは、何を見に荒野に出てきたのか」と尋ねました。「風に揺らぐ葦を見るために荒野へ行ったわけではないでしょう」と語りかけました。

 当時、ヨルダン川にはたくさんの葦が生い茂っていました。「風に揺らぐ葦」とは風になびいて揺れる葦のように一貫しない生き方をしている人のたとえです。葦は北風が吹けば南に揺れ、南風が吹けば北に揺れる。人はそのように風に揺れて、自分にとってどちらが得か損かを考えて、右に左にとどっちつかずに揺れています。それはそのまま私たち自身の姿でもあります。

 神に根を降ろさない人生は、風に翻弄される葦のようです。いつも世の中に振り回され、風に身を任せるのみ。パリサイ人や律法学者もまた神に根を下ろさず、口伝律法という人の教えをモーセ五書以上に扱い、翻弄された人生を送りました。人々は決してそのようなこの世に翻弄されている者に出会うために荒野へ出たのではありません。

 荒野というヘブル語は「ミドヴァール」という言葉で、これは語る・言葉というヘブル語の「ダヴァール」に派生した言葉です。荒野と語るとどう関係があるのでしょうか。聖書は荒野で主の恵みを得たとあります。私たちの人生は必ず荒野を経験します。荒野の無い人生はありません。そこで誰に出会い、どんな声を聴くかによって私たちのその後の人生は変わります。

 人生の荒野こそ神のことばを聴く場所です。荒野こそ神が私たちに語って下さる場。あなたが今、荒野を経験しているならば、どうぞ静まって神の語りかけを聴いてください。そこにあなたの問題の解決があります。
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by carbondalle1996 | 2015-02-23 06:39 | 日記 | Comments(0)

ペルー宣教から感じたこと

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 先週の祈祷会は秋田朝祷会と合流し、下田宣教師を迎えてすばらしい宣教報告祈祷会となりました。下田宣教師のお話を聞いて、ペルーという国が抱えている問題の大きさ、そして闇の深さを改めて学ぶ機会となりました。ペルーという国は、一割に満たない富裕層が国のほとんどの富を搾取し、政治と経済を支配している社会。社会の階層はピラミッド型で、人々は生まれた階層によって人生が決まってしまう。日本のように努力した者が成功するという社会ではないこと。

 下田宣教師はそのような国の最下層である貧民街に飛び込み、イエス様の愛を説いています。水も電気も舗装道路も無い街。そこは道徳心もモラルもない社会。親が子供たちに嘘をつくことや盗みを教え、子供たちは何が正しくて、何が悪いことなのかがわからない。「みなさんも、どうぞ一緒に考えてください。みなさんだったらどうしますか。私もわからないのです。どこから手をつけて良いのか」という下田宣教師の言葉が私の心に刺さりました。私だったら・・・・。

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 画面に映し出されドラム缶の水。それは彼らの飲料水で汚い川から汲まれた水。「私にはこの水は飲めない」と思いました。「あの水はやはり飲むのですか」と下田先生に尋ねた所、「家を訪問するとお茶として出されるので飲みますよ」と笑顔で答えてくれました。このため宣教を始めた頃は、下田先生は赤痢にかかったそうです。

 健康面ばかりでなく、ペルー宣教では数えられないくらい「友人の難」に遭ったそうです。ペルーで最も信頼していた友人に教会のお金を預けた結果、全て盗まれてしまったという経験。運転中に自分を殺そうと事故を起こした友人。それでも下田宣教師は、「相手が謝って来たら、私は伝道者ですから赦さないわけにはゆきません」と相手を赦し、受け入れたそうです。

 下田宣教師の話を聞きながら、自分はどうだろうかと考えました。私たちにとって、赦せない相手を赦し、愛せない相手を愛し、その人を受け入れることは十字架です。私達はその十字架を取る事も、取らない事も選べます。しかし大切なことは、それでもイエス様がその人を愛しているという真実です。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」というイエス様のことばが私の心残ります。祈りつつ、主のみ声に聴き従い、歩みましょう。

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by carbondalle1996 | 2015-02-22 19:20 | 日記 | Comments(0)

トルストイの聖書

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 明治29年に徳富蘇峰が67歳のトルストイを訪ねたとき、トルストイから「どうか増太郎よろしく伝えてください。そしてこれを増太郎に届けてほしい」と懐から手あかのついた一冊の聖書を預かりました。増太郎とは明治時代にキエフ神学大学で学んだ神学生の小西増太郎氏でトルストイと共に「老子」をロシア語に訳したトルストイの親友です。

 この聖書は後に小西家の家宝となり、日本で行われたトルストイ展に展示されました。この聖書は、縦13センチ、横8センチで、322ページで、1896年にペテルブルグ教会から出版されたもので、いたるところに赤と青の線が引いてあります。大切な箇所は青線。極めて重要な箇所は赤線で引いてあります。そしてところどころに黒い線で聖書の字が塗りつぶされている箇所があります。そこにトルストイの信仰が見える聖書です。

 トルストイは山上の垂訓のメッセージ「心の貧しき者はさいわいなり」の「心」を黒く塗りつぶしました。「汝の敵を愛し、祈れ」の「祈」を塗りつぶしました。そして「汝が悪口を言われたときに、喜べ、天において汝の報酬は大なり」の「天」を塗りつぶしました。つまりトルストイは聖書から、「心」と「天」と「祈」を取り除いてしまったのです。トルストイはロシア帝政の下で貧しい人々の側に立ち、この地上的理想を求めました。心や天とか祈りではなく、この地上において貧しい者となり、敵を愛し、この地上で大きな報酬を求めたのです。
 
 「心の貧しき者はさいわいなり」の心を取り除きました。彼がどこまでも地上的な、道徳的な理想を追い求めていたことがわかります。彼はそのために貧しい人々に施しをしました。貧しい者の幸を自分も味わおうとしました。そのために者を失うこともありました。しかし彼は心に平安を得ることはできませんでした。

 「汝の敵を愛し、祈れ」の「祈」を塗りつぶしました。祈りではなく、本当に自分自身が敵を愛する者となりたい。右の頬を打たれたら左の頬を差し出す。そのような努力をトルストイはしました。ゆえに彼は祈りを取り除いたのです。祈りではなく自分自身が行動によって敵を愛する者となるのだと考えたのです。

 「汝が悪口を言われたときに、喜べ、天において汝の報酬は大なり」の「天」を塗りつぶしました。どこまでも天ではなくこの地上に楽園が必要だと彼は考えたのです。彼は何処までもこの地上における報酬を求めて聖書を読んで行動したのです。ゆえに彼の聖書はどこまでも道徳の書となりました。聖書から「心」や「天」、「祈り」を除いてしまったならば、聖書は神のことばではなく単なる道徳の書でしかありません。そこにトルストイが臨終まで苦しんだ理由があると思います。

 明治43年にトルストイは82年の生涯を閉じました。彼はどうしても魂に平安を得ませんでした。彼は不安を抱えつつ、82歳の老齢において身を捨て、土地を捨て、修道院に向かって旅に出ました。その途中の駅舎の待合室で息を引き取りました。彼は死ぬまで心の中に葛藤を抱え、平安を得ることができなかったのです。彼の人生を見る時に教会で教わった「聖書は誤り無き神のことばなり」という聖書信仰がいかに大切であるかを学びます。

”わたしにつまずかない者は、さいわいである。”(マタイ11章6節)
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by carbondalle1996 | 2015-02-21 08:49 | 日記 | Comments(0)

今は恵みの時代

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その時、見えない人の目は開かれ、聞えない人の耳は聞えるようになる。その時、足の不自由な人は、しかのように飛び走り、口のきけない人の舌は喜び歌う。それは荒野に水がわきいで、さばくに川が流れるからである。(イザヤ書35章5~6節)

 イザヤはメシヤが到来したときに起きる出来事をすでに紀元前700に預言していました。ですからイザヤ書の預言を十分理解していたバプテスマのヨハネには、「あなたがたが見聞きしたことを告げなさい」という言葉で十分だったのです。ところがここにはイエス様が言われた「貧しい人々は福音を聞かされている」という預言がありません。この預言はイザヤ書61章にあります。

主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、主の恵みの年とわれわれの神の報復の日とを告げさせ、また、すべての悲しむ者を慰め、(イザヤ61章1~2節)

 1節に「貧しい者に福音を宣べ伝えること」とあります。旧約聖書で福音という言葉が登場するのはこの箇所だけです。新改訳では「良き知らせ」と訳されております。メシヤが到来したときに貧しい人々に福音が語られることもメシヤ預言の成就なのです。イエス様は言いました。私は律法と預言者を破棄するためにきたのではなく、成就するために来たのであるという御言葉はまさにそのとおりでした。

 ところが2節に「主の恵みの年とわれわれの神の報復の日とを告げさせ」とあります。イエス様の到来によって主の恵みの年はきました。しかし、神の報復の日は来ておりません。バプテスマのヨハネのメシヤ到来の視点が、「主の恵みの年」ではなく、「神の報復」にあったことがここから理解できます。それではこのイザヤの預言は間違いだったのでしょうか。いいえ、間違いではありません。イエス様が二千年前に来られたことを初臨。2度目に来られることを再臨と言います。「主の恵みの年」は二年年前に成就しましたが、神の裁きはイエス様の再臨によって成就します。これが聖書の約束です。

 あなたを救うためにイエス・キリストはこの地上に来られました。そしてあなたの罪の身代わりとなって十字架に掛かりました。信じる者はみな救われ、神様の子となります。イエス様を信じる人生はなんと幸いでしょうか。今は恵みの時代。今は救いの季節です。
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by carbondalle1996 | 2015-02-20 06:41 | 日記 | Comments(0)

エマオ途上の弟子

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イエスは答えて言われた、「行って、あなたがたが見聞きしていることをヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足なえは歩き、重い皮膚病人はきよまり、耳しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている。(マタイ11章4~5節)

 ヨハネの弟子たちにすれば「わたしが来るべきメシヤです」と答えてほしかったかもしれません。しかし、イエス様はそうは言いませんでした。イエス様はヨハネの弟子たちに「あなたがたが見聞きしたことをそのまま語りなさい」とおっしゃったのです。盲人が見え、足なえが歩けるようになり、らい病人がきよめられ、耳の聴こえなかった人々が聴こえるようになり、死人が生き返りという事実。この事実をヨハネにそのまま伝えなさいとおっしゃったのでした。それを伝えればヨハネの疑いは解けると考えたのでしょう。

 戦前の日本のプロテスタント教会は、1941年に政府によって日本基督教団に統合されました。そして1942年にホーリネス系の牧師97名が治安維持法違反で検挙・投獄され、1945年の終戦で釈放されました。こうした投獄された牧師の中に大川先生の恩師である車田秋次先生や米田豊先生、淀橋教会の小原十三司先生や、インマヌエル教団創設者の蔦田二雄先生がおられました。また投獄された牧師の中には獄死する方もおられましたが、信仰を捨てることはありませんでした。

 榎本保郎先生は、イエス様に従うとはいつも疑惑との戦いであったと告白しています。榎本先生はいつも信仰からとんでもない行動を起こし、家族に苦労をかけたそうです。そのようなとき、自分自身は御言葉に聴き従った結果だと思うが、一方で自分の思い込みではないか、間違いではないかと疑問が湧いたそうです。しかしいつも、もう駄目だと思ったときに神様が助けを与えてくださったそうです。こうしてイエス様への疑惑は消えて無くなり、イエス様に従う者は必ず勝利するという確信に変わったそうです。

 久遠キリスト教会の丹羽先生は「疑うなら本気でイエス様を疑いなさい」と言っています。人間が作った宗教ならば疑った結果、やっぱり間違いだったとなるが、生きて働かれるイエス様に疑いをもって正面から当たるならば、必ず私たちは自分自身が砕かれ、必ずこの方に従って間違い無かったという答えに行きつく。それを正面からイエス様に疑問をぶつからずに、自分が傷つかない距離に退いて、イエス様は本物か偽物かと疑うからいつまで経っても中途半端でどっちつかずの信仰になる。丹羽先生はそのように本気で疑うことの大切さを語っておられました。

 私たちがイエス様に従って歩む途上で、疑いは必ず起こります。それはまるでエマオ途上の弟子と同じです。エマオ途上の弟子たちも疑って進みました。そのような弟子たちにイエス様は共に歩んでくださり、家に入り一緒にパンを裂きました。すると弟子たちはそれがイエス様だと知ったのです。真理を知った弟子たちは再び意気揚々としてエルサレムへ上りました。あなたが疑ってもイエス・キリストの真理は永遠に変わりません。今日も主はあなたと共に進まれます。
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by carbondalle1996 | 2015-02-19 06:24 | 日記 | Comments(0)