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5つのパンと2匹の魚

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夏の特別礼拝(説教編)

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     横浜カルバリーチャペルの柴田先生を迎えて

     夏の特別礼拝を28日に行いました

     マタイ11章28~30節より

     「おかえりなさい!Welcome Home」

     と題してメッセージをしてくださいました

     教会は建物(House)ではなく

     その中に住む人々の関係(Home)

     教会は神の家族が集うHomeであり

     居心地の良いところ

     祈りの家というHome Chapelで

     私たちはみな神の家族であることを

     改めて確信する機会となりました


     旅と放浪の違いは

     帰るべきHomeがあるか、ないか

     私たちの人生は

     天国のHomeへ帰る旅であり

     決して放浪ではないのだと学びました

     イエス様の待つ天国のHomeへ

     その日を待ち望みつつ

     今日の日を生かされていることを

     感謝いたしました。
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by carbondalle1996 | 2015-06-30 06:25 | 日記 | Comments(0)

夏の特別礼拝(証詞編)

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     柴田先生のメッセージの前に

     伊藤吉雄兄が感謝の証詞をしてくださいました

     伊藤兄は一昨年の秋に急性骨髄性白血病で

     大学病院に緊急入院しました

     昨年の2月には病状が悪化し

     急遽、横浜から柴田先生をお迎えして

     病室で祈って頂きました

     そのときから神様のみわざがはたらきました

     伊藤兄の白血球の数値が徐々に

     正常値に戻り始めました

     そして昨年の6月の特別礼拝では

     柴田先生をホテルまで車でお迎えに

     行けるまでに快復しました



     現在は白血球の数値は安定しているそうです

     しかしその一方で血小板が作れない状態だそうです

     更なる神様の癒しのみわざを期待します

     伊藤兄がこうして教会のご奉仕をしている姿は

     まさに神様の栄光の姿だと感じました。



     動画 → https://youtu.be/BCtrnt_bkVY
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by carbondalle1996 | 2015-06-29 06:38 | 日記 | Comments(0)

夏の特別礼拝(讃美編)

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          今日は横浜カルバリーチャペルより

          柴田順一先生をお迎えして

          夏の特別礼拝の時をもちました

          伊藤兄と志保姉の親娘による特別讃美



          一昨年の秋に急性骨髄性白血病

          に倒れた伊藤兄が快復し

          ピアノの伴奏をしてくださいました

          伊藤兄の伴奏する姿を観ながら

          神様はどんな病も癒してくださる方であり

          私たちの祈りに応えてくださる方

          であると信じました

          主は素晴らしいお方です。

          ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2015-06-28 23:15 | 日記 | Comments(0)

柴田先生を迎えて

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          今日は柴田先生を横浜より迎え


          一緒に食事の時をもちました


          夕食は中通にあるフランスレストラン


          センティール・ラ・セゾン 千秋公園


          美味しい夕食と先生の楽しいお話で


          すばらしい時間を共にすることができました


          神様に感謝!
          
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by carbondalle1996 | 2015-06-27 09:27 | 日記 | Comments(0)

いばらとあざみは

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罪を犯した結果人はどうなったでしょう。1つ目に死がこの世界に入りました。神様は、「これを食べたらあなたは必ず死ぬ」と言いました。死には2つの死があります。1つは肉体的な死です。もう1つは霊的な死です。霊的な死とは神様との関係が断絶してしまう状態です。

2番目に二人は自己嫌悪に陥りました。アダムとエバは裸だったので、いちじくの葉で裸を覆いました。ある人は、これは性的な恥ずかしさではないかと言いますが、違います。これはユダヤ的解釈からすれば、自分の罪の姿を直視できない状態です。自己嫌悪の状態です。

 3番目に罪を犯した結果、アダムとエバの心に恐れが入りました。今までは神様の声を聞くと、嬉しくて神様のふところに飛び込んで行った二人が、罪を犯した結果、神様の声を聞いて恐れて身を隠しました。

4番目に罪の結果として責任転嫁が起こりました。アダムは神様に言いました。「あなたがわたしに置いたこの女が悪い」と言いました。エバは「このヘビが悪い」と言いました。二人とも「ごめんなさい」が言えませんでした。罪の結果、人類の中に責任転嫁が生まれました。夫婦喧嘩や兄弟喧嘩の原因のほとんどは責任転嫁だと言います。

 第5番目に罪の結果、自然界の破壊が起こりました。アダムとエバが神様に従って歩んでいた時には、自然界は調和されていました。ところが罪を犯した結果、地はのろわれ、いばらとあざみが生じるようになりました。

 いばらとあざみは神様が造られた「非常に良かった」と言った世界にはありませんでした。あれはアダムとエバが罪を犯した結果、地が呪われて生えた雑草です。全ては神様との関係が切れた結果起きました。
それでは神様は人類の罪に対してどのような解決策を考えられたでしょうか?
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by carbondalle1996 | 2015-06-26 09:24 | 日記 | Comments(0)

的はずれな者

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 罪とは神様と結んだ契約を破ること。神様に反逆することです。エバは神様から愛されているということに満足できずに、自分も神様と同等になりたいと考えた。罪とは究極的には自分を神とすることです。人間に与えられた自由意志はそこまで行きました。

 最近世間を騒がしている新興宗教はみなこれと同じだと言えます。自分が教祖となり、礼拝される対象となります。またキリスト教の異端と呼ばれているものも、自分が神様の声を取り次ぎ、特別な者となります。こうした奇跡や不思議によって自分自身を神と同等に置く。昔も今も変わらない人間の欲望であり罪です。

 善悪の知識の実は、何が善であり、何が悪であるかを知ること。しかし、この実を取って食べることによって、人間は何が善であり、何が悪であるかは私が決めるとしました。これが高慢です。これが神様への反逆であり、自分を神と同等にする行為です。この罪という言葉をギリシア語ではマルティアと訳しました。それは「的外れ」という意味です。私たちは罪によって神様から「的外れ」な者となってしまったのです。
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by carbondalle1996 | 2015-06-25 06:45 | 日記 | Comments(0)

アダムが犯した罪

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 神様は、人間を造られたときに賜物として自由意志を与えました。それは、神様に従う自由も、従わない自由も与えたということです。ですから自由意志を与えるということは、間違いを犯す危険が伴います。しかし、自由意志を与えなかったら、人はロボットと同じになってしまいます。ロボットは愛しません。私達は自由意志を持つ人だから、親を愛し、兄弟姉妹を愛し、異性を愛し、そして神様を愛するのです。

 ヘビの誘惑に落ちて食べてはならないという善悪の知識の実を取って食べたエバは、今度は自分が誘惑者となって夫のアダムにそれをあげました。アダムはそれを拒否すれば良かったのですが、エバの言うとおりに食べました。ですから悪いのはエバです。しかし、この罪の責任はアダムにありました。なぜならば神様が、「取って食べてはならない」と命じたのはエバではなくアダムだったからです。これは神様がアダムと結んだ契約だからです。ですから私達が「エバが犯した罪」と呼ばず、「アダムが犯した罪」と呼ぶのはそのためです。
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by carbondalle1996 | 2015-06-24 06:34 | 日記 | Comments(0)

親ごころ子知らず

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 こうしてエバの心に神様への不信感が生まれました。神様は私に最高のものをくださらないのではないか。これはそのまま私達自身にも問われる問題です。私を造られた神様は、私にいつも最高のものをくださると確信していたら、ヘビの誘惑を退けることができました。

 私の両親は今でも私のことを心配して、よく食べものを送ってくれます。両親は息子に最高のものを与えたいと思っている。それが親心です。もし私が父に向かって、「お父さんは最高のものを僕にくれない」と言ったとしたらどんなに悲しむでしょうか。また私には二人の子供がいます。子供たちは食事中によく私のお皿をとって私の料理を食べます。私の料理が美味しそうに見えるのでしょうか。私は子供たちに与えます。親は子供になんでも与えたいと願います。

 しかし子であるエバは神様の親心を知らず、自分も神様のように善悪を知る者になりたいと願いました。そしてそれを取って食べました。考えてみるとこのときまだエバは子供でした。カインもアベルも生まれておらず、親の心がわからなかったのかもしれません。私も人の子の親となって初めて親の愛を知りました。

 神様はあなたに最高のものを与えたいと願っています。あなたは神様の愛を信じますか。どんなサタンの誘惑も退けて、神様がくださる最高のプレゼントを頂きましょう。それはイエス・キリストです。
 
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by carbondalle1996 | 2015-06-23 06:13 | 日記 | Comments(0)

罪の誘惑

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 ここに人がヘビの姿をしたサタンによって罪に誘惑されて落ちてゆく様子が描かれています。ヘビは最初から神様の言葉を否定しません。徐々に徐々に罪を犯させようとします。ヘビはアダムではなくエバを誘惑しました。神様の命令を直接聴いたのはアダムでした。エバは神様の命令を、アダムを介して間接的に聞きました。

 ですからヘビはアダムに語らずにエバに語ったということはとても狡猾だとわかります。しかもヘビは、神様がアダムに語った通りには言いませんでした。「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか。」そのようなことは、神様はアダムに言っていません。神様はアダムに何と言ったでしょうか。

主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。(創世記2章15~16節)

 これが、神様がアダムに言った言葉です。しかしエバがヘビに応えた言葉はこれではありませんでした。「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。

 神様はアダムに「木の実に触れてはならない」とは言いませんでした。また「死んではいけないから」とも言いませんでした。「それを取って食べると、きっと死ぬ」と言ったのです。こうしてエバはアダムから聞いた神様の命令を変えてしまいました。これを聞いたヘビはどう思ったでしょう。聖書には書かれていませんが、ニヤリと笑ったと思います。エバがヘビの罠にはまって内心喜んだことでしょう。このエバの答えを聞いてヘビは、「あなたは決して死ぬことはないでしょう」と完全に神様の言葉を否定します。

 そしてこう続けました。「それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。神様はあなたが神のように善悪を知ることを嫉妬しているのだとエバに思い込ませました。

 サタンは私たちを狙っています。私たちの生活を神様から離し、背けさせ、堕落させようと狡猾に狙っています。サタンは私たちの心に神への「疑念」を抱かせようと囁くのです。どんな囁きがあったとしても、私たちはサタンの声をはっきりと退けなくてはなりません。神様の愛に固く立つ者となりましょう。
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by carbondalle1996 | 2015-06-22 06:46 | 日記 | Comments(0)

クリスチャンになる方法を教えてください

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 大和カルバリーチャペルの週報コラム「石の枕」よりご紹介します。

 これはモーセ会(50代の男子会)の清水兄の証文の一部です。実は本日、第1礼拝 と第2礼拝でスピーチされるのですが、あまりにも感動したので紹介します。 私は自動車部品メーカーに勤めているビジネスマンです。今から十数年ほど 前、中国の大連にある企業と取引をすることになり、私はそこに頻繁に出張することになりました。 その会社の経営者は倉永さんといい、とても熱心なクリスチャンです。 社員は中国人ですが、朝は早天祈祷会から始まり、昼休みは聖歌練習、夕方5 時以降は聖書勉強会というように一日中、主と共に仕事をしている会社でした。

 私は倉永さんと一緒に仕事をする中で、クリスチャンを肌で感じ、神様の愛 に興味を持つようになりました。 倉永さんは、マイナスと見える局面でも「神様が一緒だから大丈夫!問題だらけだけど毎日が楽しい」と言っていつも喜んでいますし、それは無理でしょう! と思える時でも、プラスのビジョンを持っていて、やがてその通りに環境が後からついて来ると言いましょうか、必要な人や物が絶妙なタイミングで集まって来て問題が解決されるばかりか、更にプラスになって行く。 そういうことを何度も見て一緒に体験し、いつか私も「そうなりたい!」と 思うようになりました。

 その会社の掲示板に「祈りの課題」が貼ってあるので すが、そこには、私の名前が書かれてありました。彼ら兄弟姉妹が私の救いの ために熱心に祈ってくれていたのです。(*すごい会社ですね!) 中略。 数ヶ月後には、神様のことをどうしても知りたくて、もう我慢できなくなって、中国まで行って倉永さんに「どうしても神様のことを知りたくなりました。 クリスチャンになる方法を教えてください」と打ち明けました。 そして、倉永さんから「大川先生の牧する教会に行きなさい」と紹介されて、 住所を調べていただいたら、私の家から車で10分くらいの所でした。 帰国後、すぐこの教会に来て、三ヶ月後には大連から倉永さんも来ていただ いての洗礼式でした。

 私は教会が本当に大好きで、毎日でも教会に来たいと 思っています。今では、毎朝、早天祈祷会で祈ってから会社に行くことによって、 私のビジネスは、大変恵まれ続けています。 先日、真夜中に腹部の激痛。救急車を呼ぶ前に、「イエスさまのみ名によって 祈り」いやしを体験しました。主に感謝!!

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by carbondalle1996 | 2015-06-21 23:35 | 日記 | Comments(0)