「ほっ」と。キャンペーン
ブログトップ

5つのパンと2匹の魚

fivebread.exblog.jp

<   2015年 11月 ( 30 )   > この月の画像一覧

究極の質問

f0229700_6301985.jpg


そのとき、イエスは、自分がキリストであることをだれにも言ってはいけないと、弟子たちを戒められた。(マタイ16:20)

 人生にはたくさんの質問があります。しかし、自分の人生を右と左に分ける究極の質問よは、「あなたはわたしをだれと言うか」ではないでしょうか。ペテロは答えました。「あなたこそ神の子です。」この告白が彼らの人生の分水嶺となり、イスカリオテのユダを除いた11人は、死ぬまでイエスをキリストと証しし続けました。

 イエス様はこの質問をエルサレム神殿の前でしたのではありません。ローマ皇帝に捧げられたピリポ・カイザリヤで、皇帝崇拝とパーン神崇拝という偶像崇拝が盛んな、偶像の神々の前で弟子たちに問うたのです。ペテロはそこで大胆にはっきりとイエスを救い主と告白したのです。

 私もこの質問の前に立ちました。あれから19年。イエス様のこの質問は、私の人生における分水嶺となりました。今まで自己実現の道を歩んでいた私が、神実現の人生へと方向を180度変えられました。あのとき方向が変えられたから、今こうして立っています。あのときイエス様から逃げていたら、今頃私はどうなっていたでしょう。私たちは誰を主人とするかによって人生は右と左に大きく分けられます。イエス様を救い主と告白する人生は、幸せな人生です。
 
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-11-30 06:30 | 日記 | Comments(0)

光の祭りとアドヴェント

f0229700_6211490.jpg


 今日からアドヴェント。1本ずつローソクを灯し、20日のクリスマス礼拝には4本のローソクが灯ります。イエス様が生まれたイスラエルではクリスマスをお祝いするのでしょうか?ユダヤ人はイエス様を救い主として認めていないのでクリスマスを祝いませんが、ユダヤ教ではハヌカの祭りをこの時期に行います。

 紀元前4世紀にアレキサンダー大王が大帝国を築きました。彼の死後、帝国は4人の将軍に分割され、イスラエルはその一人セレウコス王朝に統治されました。その後、紀元前172年に王朝は国内のギリシヤ化政策を強行し、エルサレム神殿はゼウス神殿へと変えられ、そこでは豚のいけにえが捧げられていました。

 これに反旗を翻したのが祭司マタティアとその息子たちです。彼らは王朝に対してゲリラ戦を起こし、紀元前165年12月25日にエルサレム神殿を取り戻しました。そして神殿内から偶像を撤去し、神殿を清め、イスラエルの神に神殿を捧げました。神殿の清めを行った時、聖なる油を燭台に燈しましたが、油は1日分しかありませんでした。聖なる油を準備するためには8日の時間が必要でした。ところがたった1日分しかなかった聖なる油は、その8日の間、燃え続けました。これがハヌカの祭りと呼ばれ、現在まで続いています。 

 ハヌカの祭りは8日間続きます。ハヌキヤと呼ばれる燭台が使われ、9つの火を灯します。1つは頭火で、頭火から取った火を8日間に1つずつ灯します。第1日目は1本のローソクを頭火から取りますから、頭火ともう1本で2つの火がともされます。そして8日目には、9つの火が灯されます。ですからハヌカの祭りは「光の祭り」とも呼ばれているのです。

 ある神学者たちはバプテスマのヨハネが生まれたのは過越の祭りの時期ではないかと考えています。するとイエス様が生まれたのはその6カ月後の仮庵の祭りの時期となります。そこから逆算すれば、12月25日のハヌカの祭りの時にマリヤが受胎告知を受け、イエス様は母胎での第1日目をハヌカの祭りの時に迎えたのかもしれません。この説が正しいか正しくないかはわかりませんが、光の祭りであるハヌカの祭りに真の光なるイエス・キリストの受胎告知がなされたと想像すると感動します。   
 
 確かなことはユダヤ人が祝うハヌカの祭りも、私達が祝うクリスマスも12月25日に行われ、どちらも光を祝う祭りだということ。クリスマスはこの世を照らす真の光なる神様が人となって降誕されたことをお祝いする日。今年のクリスマスも感謝の心で家族や友人を教会に誘って、みんなで救い主の誕生をお祝いしましょう。
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-11-29 19:19 | 日記 | Comments(0)

あなたに天国のかぎを授けよう

f0229700_854652.jpg


わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。(マタイ16:19)


 原文では鍵は複数形で書かれています。また鍵は権威の象徴です。門を開けたり、閉めたりします。「天国」とは文脈上で言えば教会です。イエス様は、教会の門の複数の鍵をペテロに預けたのです。イエス様は教会に入る人、締め出す人を分ける権威をペテロに与えたということです。

 聖書的には人類はユダヤ人と異邦人という2つに区分されますが、エズラ記を見るとユダヤ人、サマリヤ人、異邦人と3区分されています。サマリヤ人はユダヤ人からは異邦人と見られ、異邦人からはユダヤ人と見られました。つまりユダヤ人と異邦人の中間的な人々です。

 使徒行伝を読むとペテロは、この3つに区分される人々それぞれに教会の門を開いています。つまり彼らが教会のメンバーになるときに、必ずそこにペテロがいて、ペテロが教会の門を開いています。ユダヤ人の救いは使徒行伝2章です。サマリヤ人の救いは、使徒行伝8章に記されています。そして異邦人の救いは使徒行伝10章です。

 使徒行伝2章、8章、10章はそれぞれユダヤ人、サマリヤ人、異邦人がイエスを信じて救われるという場面です。そこに共通していることはペテロが立ち会っているということです。そして、信じた人々が聖霊を受けたということ。こうしてペテロはユダヤ人、サマリヤ人、異邦人に教会の門を開き、彼らを救いました。なぜならばその権威はこのときイエス様によってパウロに与えられたからです。
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-11-28 08:54 | 日記 | Comments(0)

I will build my church.

f0229700_6473272.jpg


そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。(マタイ16:18)

 イエス様は「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」と言いました。ここに聖書で初めて教会という言葉が登場します。英語では「I will build my church.」と訳されています。未来形です。この時点では未だ教会は建てられていません。これから教会が建つという宣言です。

 ここでイエス様は「あなたはペテロです」と言いましたが、原文ではペテロスという言葉で「小さな石」を意味します。そしてイエス様は「この岩」と言った言葉はペトラで岩盤・岩という意味。この時の場面を想像すると、場所はピリポ・カイザリア。険しく切り立った岩盤に大きな口を開けた洞窟があり、そこから泉が溢れ多量の水が川となって溢れ出ています。

 川岸には小さな石がごろごろとあります。イエス様はそのような川岸の小石を指して、「あなたはペトロです」と言いました。そして振り返ると切り立った大きな岩盤がそびえ立っています。イエス様はその岩盤を指して「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう」と言いました。

 イエス様が言った岩とはペテロではありません。ペテロの信仰告白です。「あなたこそキリストです」という告白は、この岩盤となり、その上に教会が建てられます。旧約聖書では岩といえば、それはメシヤを象徴します。ですからヘブル的解釈をするなら、この岩の上にとは、キリストという岩の上に教会が立つという意味です。

 そしてイエス様は「黄泉の力もそれに打ち勝つことはない」と言いました。原文ではこれは「黄泉の門」です。黄泉とは死んだ人が行くところ、つまり肉体の死です。肉体の死も教会を倒すことはできないとイエス様は宣言しました。それが教会です。教会はキリストを土台としている限り、最後のその日まで立ち続けるのです。
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-11-27 06:47 | 日記 | Comments(0)

あなたもペテロとなります

f0229700_6313893.jpg


そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。(マタイ16:18)

 イエス様は改めて「あなたはペテロである」と言いました。おかしいですね。今までずっとペテロと呼んでいたのに、改めて「あなたはペテロである」とおっしゃったのです。それではイエス様はいつからシモンをペテロと呼び始めたのでしょうか?ヨハネ福音書1章にこのように書かれています。

ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。彼はまず自分の兄弟シモンに出会って言った、「わたしたちはメシヤ(訳せば、キリスト)にいま出会った」。そしてシモンをイエスのもとにつれてきた。イエスは彼に目をとめて言われた、「あなたはヨハネの子シモンである。あなたをケパ(訳せば、ペテロ)と呼ぶことにする」。

 このようにイエス様はペテロに初めて出会ったときに、「あなたをペテロと呼ぶ」とおっしゃったのです。そして3年近くのペテロはイエス様の宣教に従事してきました。そしてこのピリポ・カイザリヤの地でペテロはイエスを主と告白しました。

 イエス様はシモンに初めて会ったときに、すでに岩を意味するペテロという名前を与えました。今やペテロはこの信仰告白によって岩にように強くなりました。だからイエス様はここで改めてペテロに向かって「あなたは岩です」と言いました。つまりイエス様は、ペテロと出会った最初の日から、この日がくることを知っていたのです。

 私たちがどんなに不信仰な者であっても、イエス様は今のあなたを見ているのではありません。あなたが多くの苦難と悲しみを越えて、あなたの信仰が成長した姿を見ておられるのです。私たちがイエスを主と告白するならば、その告白こそ岩となり、教会はこの岩の上に建てられるのです。あなたもペテロとなります。
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-11-26 06:31 | 日記 | Comments(0)

人生の分水嶺

f0229700_6474730.jpg


すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。(マタイ16:17)


 ペテロはイエス様から祝福の言葉を頂きました。ペテロはついに霊の目が開かれて、イエス様が誰であるかを知り、告白することができたからです。それはペテロが自分の思索や経験や知識によって到達した境地ではありません。神様がペテロの霊の目を開かせて、ペテロが受け取った真理です。これを恵みと言います。

 私はアメリカに留学し、Bible Studyに通い、その年の冬休みにクリスチャンホームにホームステイさせて頂き、それから真剣にBible Study で聖書を学び始め、教会に通い、宣教師の家に導かれてイエス様を主と告白しました。それは聖書を頭で理解して、ある境地に到達したからではありません。聖書を人間の頭で理解することなど不可能です。ならばどうしてイエス様を信じることができたのか。それは神様が私の霊の目を開かせてくださったとしか説明のしようがありません。

 しかし、あのときの告白が私の人生の分水嶺となって、それまで自分の力で頑張って生きるという人生から、神様の御手に委ねて生きる人生に変わりました。あれから19年が経ちましたが、神様に委ねて生きるという信仰はいよいよ強くなりました。この信仰が無くなることはありません。なぜならば、私はこの信仰を自分の努力や行為によって得たのではなく、神様から頂いたものだからです。

 私が信仰生活を、自分の頑張りで続けていたら3カ月と持たなかったと思います。しかし、神様が私にくださった恵みだからこそ、こうして今も信仰生活が守られているのだと思います。19年前の私の告白は主が私の霊の目を開かせてくださったできごとでした。そしてあのときの告白が、私の人生の分水嶺となりました。
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-11-25 06:47 | 日記 | Comments(0)

You are the Christ

f0229700_629315.jpg


シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。(マタイ16:16)

 イエス様は「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」と質問しました。ここで、原文で強調されている言葉は「あなたがた」です。日本語ではどこが強調されているかわかりませんが、ギリシア語では「あなたがたは」と強調されています。「あなたがたは」というギリシア語が文頭に来ているからです。

 このような場合に決まって最初に手を挙げて答える弟子がいます。それがペテロです。このときペテロは我先に答えました。「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。日本語の特徴として英文を訳す場合に最後から訳すということを中学校の英語の授業で学んだと思います。そして訳すときに定冠詞「the」と不定冠詞「a」で文章の意味が大きく違ってくることも学びました。

 定冠詞「the」は簡単に言えば、1つしかないもの、話題の中で特定するもの。日本語には冠詞という文化が無いので、「the」と「a」の区別は難しいです。ですがこのときペテロが告白した言葉を、原文に忠実に英語に訳すならばこうなります。

 「You are the Christ, the Son, the God, the Living one.」

 なんと4つの名詞それぞれに4つの定冠詞「the」がついています。ですからこれをそのまま直訳するなら、「あなたこそメシヤです。息子です。神です。そして永遠に生きる方です。」となります。ペテロの興奮がこちらまで伝わってきそうな告白です。そしてこれはペテロの告白でもあり、それは同時に弟子たち全員の告白でもあります。そしてイエスを主と信じるならば、あなたの告白となります。
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-11-24 06:21 | 日記 | Comments(0)

わたしをだれと言うか

f0229700_6202849.jpg


そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。(マタイ16:15)

 弟子たちの中には、もともとバプテスマのヨハネの弟子だった者もいました。バプテスマのヨハネがイエス様を指差して、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と言ったことばを聞いて、彼らはイエス様に従いました。つまり最初からイエスをメシヤとして信じて従って来た人たちです。

 ところがイエス様は、当時のユダヤ人が考えていたようなメシヤとしての行動や歩みをしませんでした。ですから牢獄の中にいたバプテスマのヨハネでさえも、「来るべきお方はあなたですか」と弟子に質問させたほどです。このためイエス様の歩みに失望した多くの弟子がイエス様のもとから去りました。

 今、イエス様と共にいる12人の弟子たちも何度も信仰の危機を超えて従ってきました。彼らはまだ頭では理解できないけれども、イエス様は神様から使命が与えられている方だと思っていました。このように弟子たちの霊の目は少しずつ開かれてゆきました。そこでイエス様は弟子たちの霊の目をはっきりと開かせるためにこの質問をしました。「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。

 あなたはイエス様を誰と告白しますか?これは弟子たちに対する質問であり、あなたに対する質問でもあります。あなたは何と答えますか?
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-11-23 06:17 | 日記 | Comments(0)

ほかの人たちは

f0229700_6161688.jpg


彼らは言った、「ある人々はバプテスマのヨハネだと言っています。しかし、ほかの人たちは、エリヤだと言い、また、エレミヤあるいは預言者のひとりだ、と言っている者もあります」。(マタイ16:14)

 イエス様の質問に対して、弟子たちの口からバプテスマのヨハネ、エリヤ、エレミヤという3人の名前が挙げられました。この3人に共通しているのは預言者という点です。神様が神のことばを預けた人。ですから人々はイエス様を預言者のひとりだと考えました。つまり人々はイエス様の奇跡を見ても、預言者の一人としてしか見なかったのです。人々はイエス様をメシヤとして見ていなかったのです。

 人はよく奇跡を見たら神を信じると言います。しかし、実際はそうではありません。奇跡をいくらその目で見ても、人は心から神を信じることはできません。人が神様を信じるとは聖霊の働きです。自分の罪を認め、悔い改め、罪赦されたこと信じること。あなたは自分が罪赦された者だと信じますか?
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-11-22 06:09 | 日記 | Comments(0)

ピリポ・カイザリヤ

f0229700_7521620.jpg


イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は人の子をだれと言っているか」。(マタイ16:13)

 ピリポ・カイザリヤとは、ピリポが作ったカイザリヤという町という意味です。この町はガリラヤ湖の北にあるヘルモン山の麓にありました。ここは切り立った岸壁があり、そこに大きな口を開けた洞穴があります。この洞窟の中に泉があり、そこから水が湧き出て、川となってガリラヤ湖に注がれています。今は遺跡となっていますが、当時はここにギリシア神殿が建てられていました。

 カイザリヤというは、皇帝カイザルという意味です。領主ヘロデ・ピリポはこの町を造り、ローマ皇帝ティベリウスに捧げました。ですからカイザリヤと命名しました。ところがすでに地中海岸にヘロデ大王が皇帝アウグストに捧げた町カイザリヤが存在しました。それと区別するためにピリポ・カイザリヤと呼びました。

 ですからこの町では当然、皇帝崇拝がなされ、神殿の中にはギリシア神話に登場するパーン神の像が置かれていました。パーン神は羊飼いと羊の群れを監視する神と言われ、下半身が動物で頭には山羊の角をもっています。このパーン神の像が置かれ、偶像崇拝がなされていました。

 このようなギリシア神殿が建てられ、皇帝崇拝とパーン神という偶像崇拝が盛んな町ピリポ・カイザリヤをイエス様は弟子訓練の地として選びました。そこでイエス様は弟子たちに「人々は人の子をだれと言っているか」と質問しました。
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-11-21 07:52 | 日記 | Comments(0)