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5つのパンと2匹の魚

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12弟子への約束

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イエスは彼らに言われた、「よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう。(マタイ19:28)

 これはイエス様が再臨したときの約束です。ペテロたち12弟子にたいする約束です。12弟子は天国で十二の位に坐してイスラエル12部族を裁くという特別の地位に就くという約束。
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by carbondalle1996 | 2016-05-31 04:24 | 日記 | Comments(0)

ついては何が頂けるでしょうか?

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 イエス様は富める青年に向かって「あなたが完全になりたいと思うなら、帰って持物を売り払って、貧しい人々に施しなさい」と言いました。この言葉を聞いて青年は、イエス様のもとを去ってしまいました。イエス様はそのとき「富んでいる者が天国に入るのは難しい」と言いました。

 それを見ていたペテロは何と言ったでしょうか。「私たちはいっさいを捨てて、あなたに従いました。ついては何が頂けるでしょうか。」全てを捨ててイエス様に従ったのだから、私にはきっとすばらしい天国の宝が与えられるはずに違いない。これがペテロの心でした。このペテロの言葉を聞いてイエス様はどんな気持ちだったでしょうか。嬉しかったでしょうか。悲しかったでしょうか。イエス様はペテロにこう言いました。

イエスは彼らに言われた、「よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう。(マタイ19:28)
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by carbondalle1996 | 2016-05-30 04:22 | 日記 | Comments(0)

天にその名が記されているがゆえに

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 先週のハイナイト祈祷会の講師は、茨木キリスト福音教会の永井基呼先生。 ヨシュア記2章より、遊女ラハブがイスラエルの斥候をかくまい、逃がすことを条件に、自分と家族全員の命を救うことを求めました。そして、エリコの街が陥落したとき、イスラエルはラハブとの約束を守り、彼女とその家族全員の命を救いました。その後、ラハブはサルモンという男性と結婚しボアズを産みます。ボアズはモアブ人ルツと結ばれ、彼らの孫エッサイからダビデが生まれます。そしてこのダビデの子孫としてヨセフと処女マリヤからイエス・キリストは生まれました。

 永井基呼先生は、「ラハブはイスラエルを助けたから、イエス・キリストの系図に加えられたというより、神様の永遠の計画の中で、すでにキリストの系図にその名が記されていたことにより、イスラエルを助けることになったとも考えられる。ですから私達クリスチャンも同様に、イスラエルを助けることによって神の民に加えられるのではなく、天にその名が記されているがゆえに、イスラエルを愛し、とりなしの祈りを捧げ、助けるのです」と教えてくださいました。これは新しい発見でした!

 今月の産経新聞の記事に、杉原千畝氏の命のビザによって救われたユダヤ人、ピーター・バルークさんが75年ぶりに神戸市を表敬訪問したとあった。バルークさんはポーランド出身で、杉原氏が発給したビザで救われた約6千人のユダヤ人の1人。自分のバックグラウンドを知りたいと、幼少期を過ごした神戸を訪問。

 1941年2月に船で両親と共に杉原氏のビザを持って福井県敦賀市に上陸した後、約半年間神戸市内に滞在したという。その後、ニュージーランドへ渡り、現在はオーストラリアで暮らしている。日本に上陸した当時2歳だったバルークさんは、「当時の神戸は街というより、小さな家が並ぶ村だった。銭湯に行ったことや、神戸の人たちが親切にしてくれたことを覚えている。杉原は命の恩人だ」などと語った。

 杉原千畝氏もまた、天にその名が御国の民としてすでに記されているがゆえに、困っているイスラエルの民を身過ごすことができず、イスラエルを愛し、「命のビザ」を発行し、彼らのいのちを助けたのかもしれません。主イエスは言われました。

“ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。”(ルカ10章20節)

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by carbondalle1996 | 2016-05-29 18:42 | 日記 | Comments(0)

あなたがたは、心を騒がせないがよい。

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ペンテコステは神様の約束が成就した日です。私達人間は約束を破る者です。妻との約束、子供との約束、友人との約束。しかし、神様は決して約束を破りません。神様は必ず約束を守ってくださるお方。その神様が天国についてどんな約束をしているでしょうか。

「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。

 イエス様は私たちのために天国で場所を用意してくださっています。このイエス様の約束のゆえに、K兄は今、天国の住まいにいると確信します。イエス様は言いました。「わたしを信じる者はたとい死んでも生きる」と。K兄の肉体は滅びましたが、その魂は今も生きて天国におられます。
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by carbondalle1996 | 2016-05-28 18:35 | 日記 | Comments(0)

謙遜とは他者の価値を認めること

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イエス様は「自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる」と言っています。自分が先を走っていると考える人は、自分をその人より高くしている人です。イエス様は謙遜でありなさいと教えました。

 イギリスのチーフ・ラビ、ジョナサン・サックスは、「謙遜とは、自分の価値を低く見積もることではなく、他の人々の価値を認めることである」と言っています。たとい世間がその人の価値を認めていなくても、神様がその人を高く評価しているならば、私もその人を高く評価すべきではないでしょうか。そして自分の評価については神様に委ねること。
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by carbondalle1996 | 2016-05-27 11:46 | 日記 | Comments(0)

思い出のあの日

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 菊地兄の突然の召天は、私にとって驚きであると同時に、心の中にぽっかりと穴が空いたような感じです。まだまだ兄といろいろなことを分かち合いたかったというのが正直な気持ちです。いつか能代で一緒に伝道集会ができたら・・・。そのような夢もありました。しかし、今は天国での再会を楽しみにしたいと自分に言い聞かせています。

 菊地兄が初めて私たちの教会に来た日を、昨日のことのように私は覚えています。なぜならその日は、私にとって神様が近くにおられると感じた日だったからです。その日は月に1度の聖餐式と誕生日会の日でした。それなのに朝から大雪で道路は雪が1mも積もった状態。私は外を見て、今日は誰も教会に来ないだろうと思いました。

 前日に菊地兄からのメールで「明日の日曜日に教会に行きます」とありましたが、この雪では能代から運転は無理だと思いました。ところが誰も来ないと思っていた礼拝に、能代から菊地兄が駈けつけてくださったのです。嬉しかったです。そればかりか、その日はNさんやKさんの家族も参加してくださったのです。私には忘れることができません。その日のブログにこうあります。

 今日は月に1度の聖餐式がありました。秋田は大雪警報で車を運転できないほど外は真っ白。それでもみなさん神様を礼拝するために教会に集まってくださいました。

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by carbondalle1996 | 2016-05-26 16:59 | 日記 | Comments(0)

聖霊の働きとは?

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しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。(ガラテヤ5:22-23)

 もし、私たちがキリスト無しにこうした「愛や喜び、平和、寛容」などがあると考えるならば、それは聖書が言う愛や喜びとは違うものです。聖書が語る愛とは無償の愛であり、喜びとは絶望のどん底から主を見上げることで与えられる喜びであり、平和とはどんな不安が襲って来たとしても奪われない心の平安です。こうした愛や喜び、平和は私達人間の内側からは決して生まれません。それは神様から与えられることによってのみ経験するものです。

 私たちの中には神の愛はありません。条件付きの愛だけです。ですからこの愛を持っておられる神様に求めるのです。私たちがイエス・キリストの名によって求めるならば、神様は必ず与えると約束してくださっています。この無償の愛とも至高の愛とも呼ばれているアガペーの愛、神の愛を頂いて私たちはお互いを愛し合って行くのです。そこに愛の共同体の回復があります。
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by carbondalle1996 | 2016-05-25 16:43 | 日記 | Comments(0)

弟子たちに求められたこと

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 イエス様が弟子たちに一番求められたことは、個人的に幸せになることでも、成功を収めることでも、業績を上げることでもなく、互いに愛し合うことでした。イエス様は「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛しあいなさい」と命じました。ですから教会はイエス様の戒めに従って互いに愛し合う「愛の共同体」なのです。

 このことがわかると、家でインターネット礼拝を見ているから礼拝に出席する必要は無いということが、間違いであることに気づきます。神様は教会に聖霊を注ぎ、教会を通して人々が愛の共同体を回復するように導いておられるのです。私たちは、教会で愛し合い、人々に福音を宣べ伝え、教会に連なるように導いてゆくことにより、人々を1つの愛の共同体として回復してゆくのです。これが神様の願いです。
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by carbondalle1996 | 2016-05-24 16:41 | 日記 | Comments(0)

愛の共同体の回復

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 神様は、このような人間の世界を見て、再び愛の創造、愛の共同体を取り戻すためにイエス・キリストを地上に遣わしてくださいました。それは私たち一人一人が罪赦されて、永遠の命を頂き、神の子とされることから始まります。救いという私一人が救われて終わりというものではなく、それは始まりです。救われたことによって、その人を通して聖霊が働き、愛の共同体である教会に連なり、夫婦の関係が愛の共同体に回復し、親子の関係が愛の共同体に回復します。これが聖霊の働きであり、神様が求めている愛の共同体です。
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by carbondalle1996 | 2016-05-23 16:40 | 日記 | Comments(0)

バチカン第二公会議50周年の声明

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 ハイナイト祈祷会を始めて半年。今まで知らなかった情報がハイナイトを通して私たちの教会に届けられています。4月のハイナイトでは、バチカン第二公会議50周年の声明にて、ローマカトリックとユダヤ教の新しい関係が表明されたという驚くべきニュースがブリッジス・フォー・ピースの石堂氏により届きました。

 「人類の救いの計画は、創造主とアブラハムとの契約に始まり、モーセ契約と、イスラエルと神との契約が土台となっている。その契約の完成として新しい契約である福音が与えられた。イスラエルと神の永遠の契約を否定することはすなわち、キリスト教の救いそのものを否定することになります。

 『神の賜物と召命は変わる事はありません。(ローマ11:29)』という聖句をもって、カトリックは、イスラエルが神の特別な役割に選ばれていることを認め、置換神学【選民としてのユダヤ人の使命が終わり、新しいイスラエルが教会になったとする説】を完全に否定する。現代におけるキリスト教とユダヤ教は全く別ものになっているが、元はどちらもイエス時代のユダヤ教から発しており、両者は言わば、イスラエルを兄とする兄弟である。今後、カトリック教会は、信者や子どもたちへの教育の中に、 キリスト教のユダヤ的ルーツや、イスラエルに関する項目も盛り込んでいく。」

 注目される点は、イエスの十字架と復活が、ユダヤ人も含めて人類に与えられた唯一の救いであるという福音の真理を否定していない点である。カトリック教会は、ローマ書11章に書かれているオリーブの木とそれに接ぎ木された枝(異邦人)のビジョンから、ユダヤ人もまた、このイエスの福音によって救われ、やがて、クリスチャンとユダヤ人がイエスにあって一つになる時が来ると信じるとしている。しかし、それがどのように実現するのかは、神のみが知るミステリーであると述べる。これをもってカトリック教会は、長きにわたり歴史的に行ってきた、『ユダヤ人はイエスを殺した罪人』という理由での組織的な強制改宗を完全に放棄すると宣言しました。

 石堂氏によると、カトリックが世界で台頭し始めている反ユダヤ主義と断固戦っていくとの姿勢をこれまでになく明確にしたため、イスラエルからはカトリック史上初めてのことであると高く評価されているとのことです。不思議なことに、カトリックが信仰を強要していた時代より、カトリック信徒の行動を見てイエス・キリストに興味を持つユダヤ人が今、多く起こされています。

 ハイナイト祈祷会を通してこうした世界の情報が届き、イスラエルのために祈ることができることは大きな喜びであり祝福です。今週はハイナイト祈祷会。イスラエルの救いのために共に祈りましょう。栄光在主
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by carbondalle1996 | 2016-05-22 08:09 | 日記 | Comments(0)