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5つのパンと2匹の魚

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秋田朝祷会

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 今日の朝祷会は秋田キリスト教会で行われました。メッセージは栄光教会の田口先生。久しぶりに秋田希望教会の申先生が参加。来年3月の朝祷会は献堂したばかりの希望教会で行われます。楽しみです。さて、今回の朝祷会の食事には、抹茶と和菓子が登場。抹茶はT兄が立ててくださいました。びっくり!T兄にこんな賜物があったなんて!また和菓子はクリスマスにちなんで。左からクリスマスリース、トナカイ、そしてサンタの帽子。トナカイだとわからずに、私は本気でネズミかウサギだと思い込んでいました。ごめんなさい。仲良し牧師会の仲良し朝祷会でした。


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# by carbondalle1996 | 2016-12-15 19:05 | 日記 | Comments(0)

Happy Birthday!

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 今日のランチです。いつも素晴らしい料理を作ってくださるI姉に感謝です。これで300円。赤字にならないのが不思議なくらい。神様は必要のすべてを充たしてくださるお方です。
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 I姉手作り特製バースデーケーキです。美味しかった!
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# by carbondalle1996 | 2016-12-11 15:43 | 日記 | Comments(0)

幼稚園とクリスマス

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 私は4歳の時に父の仕事の関係で埼玉県に引っ越しました。母親はすぐに幼稚園を探しましたが、どこも定員一杯で受け入れてもらえませんでした。私は行く幼稚園、行く幼稚園で断られるという経験をして、子供心に落ち込んでしまいました。そのような時に新しく幼稚園ができるというニュースが届きました。それは開拓伝道を始めた小さな教会でした。幼稚園といっても小さな一軒家で教室は6畳と4畳半。家から1キロほど歩いて幼稚園に通いました。当時、幼稚園児だった私にとって、毎日1キロ歩くというのはとても遠い距離に感じました。雨の日や台風の日はずぶぬれになりました。

 近所にはモダンで立派な幼稚園があり、そこには大きな園庭とたくさんの遊具。そして送迎バスがありました。私は子供心に幼稚園の送迎バスに乗りたくて仕方がありませんでした。それなのに自分は、毎日幼稚園まで歩いて通っている。どうしてこんな貧乏な幼稚園に入ってしまったのだろう。そう思うと近所の幼稚園が妬ましく、私はどんどん卑屈になりました。

 私は幼稚園での生活をほとんど覚えておりません。しかし、1つだけ私の心に残っていることがあります。それがクリスマスです。クリスマスの日に袋にたくさん入ったお菓子をもらいました。子供心にクリスマスでもらったお菓子がとっても嬉しかったことを覚えています。そしてそのときクリスマス曲を歌いました。それが「きよしこの夜」です。

 私は幼稚園を卒業し、小学校、中学校、高校、大学と進みましたが、二度と幼稚園に帰ることはありませんでした。やがて私の記憶から教会も幼稚園も忘れてしまいました。そして社会人となり、アメリカに留学したときにホームステイ先の教会でクリスマス礼拝に出席し「きよしこの夜」を歌いました。そのとき私はずっと自分が探していたものに気づきました毎年、クリスマスの季節が来ると、仲間たちとジングルベルを歌っても、美味しい料理を食べても、ゲームやカラオケをしても、自分の中に充たされない思いがありました。それが何なのかがわかりませんでした。しかし、ホームステイ先の教会で「きよしこの夜」を歌ったとき、はっきりとわかりました。私がずっと求めていたものは神様だったのです。

 アメリカの留学が終わり日本に帰国した私は、25年ぶりに幼稚園に行きました。あのときはわからなかった。どうして自分だけがこんな遠くの幼稚園に通わなければならなかったのか。自分は幼稚園に断られた落ちこぼれだと思っておりました。しかしそうではなかったのです。すべては神様のご計画でした。神様は右の御手で私を埼玉の町に移し、左の御手で開拓教会をその町に起こし、私をその幼稚園入れてくださったのです。私は落ちたのではなく、神様に選ばれていたことを知りました。私達の人生は刺繍の絵を裏から見ているようです。裏から見てもわかりませんが、表(神の視点)から見るならば、素晴らしい作品なのです。


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# by carbondalle1996 | 2016-12-10 15:50 | 日記 | Comments(0)

アドヴェント

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アメリカの小さな村の教会で起こった本当の出来事。教会学校でイエス様誕生の劇をすることになりました。子どもたちはそれぞれに役をもらいましたが、一人の発達障がいの少年が役をもらわずに帰ったことが分かりました。先生たちは相談して、その少年を、馬小屋付きの宿屋の主人にしました。セリフはひとつ「だめだ。部屋はない」。そして、裏手の馬小屋を指さす。その子はとても喜んで、何百回も家でセリフの練習をしたそうです。

クリスマスの日、村中の人が教会に集まりました。お祝いの最後を飾るクリスマスの劇が始まります。日の落ちたベツレヘム。長旅に疲れ果て、すべての宿屋で断られたヨセフとマリヤが、少年演じる主人のいる宿屋にやって来ました。「私たちを泊めて下さい」。少年は大きな声でいました、「だめだ。部屋はない」。重い足を引きずるようにして二人は馬小屋に向います…。と、その後ろ姿を見ていた少年の目に、涙があふれ出したのです。男の子は、わあっと泣き出すとヨセフにしがみついて叫びました。「馬小屋には行かないで。ぼくの家に泊まって…」

クリスマスの劇は中断せざるを得ませんでした。教会学校の先生が舞台に飛び上がって、男の子を引き離さなければならなかったのです。しかし、長い村の歴史において、これほど感動を呼んだクリスマス劇は後にも先にもなかったというお話です。

ある日、52歳の男性が牧師を訪ねてきました。「もう終わりです。事業に失敗し、すべてを失ってしまいました。」その言葉を聞いた牧師はその男性に言いました。「すべてですか?それでは一度、紙に残っているものを書き出してみましょう。奥さんはおられますか?」 「ええ、良い妻です。」牧師は紙に「良い妻」と書きました。「家族はおられますか?」「はい。」「友人は?」「います。」「健康はどうですか?」「良い方です。こうして見ると、私の状態はそれほど悪くはないのかもしれません。私は多くのものを持っているのですから。」 失敗する人は自分にないものばかりを見て絶望し、成功する人は自分にあるものを見て感謝します。

今年一年の恵みを数えて、今週も神様に感謝を捧げて歩みましょう。



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# by carbondalle1996 | 2016-12-04 15:26 | 日記

収穫感謝礼拝

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 1809年 農民の子として生まれる。 
 1816年 家族の破産。

1818年母の死去。 

1826年 渡し舟の船頭になる。

1828年 姉の死去。 

1831年 事業破産。

1833年州議会選挙落選。 

1833年郵便局長就任。

1834年婚約者死去。 

1836年 神経衰弱のため精神病院へ入院。

1838年州議会議長選で落選。

1843年 下院議員選挙出馬、落選。

1855年 上院議員選挙出馬、落選。

1856年 副大統領選挙落選。 

1860年 第16代アメリカ合衆国大統領に当選。


 これはアブラハム・リンカーンの年表です。彼は挫折しませんでした。彼は困難に出会っても、人生を信仰の目で見て、その都度神様に感謝することを選択しました。困難なことが迫ってきたときにリンカーン大統領はこう言いました。「道はすべりやすいが、絶壁に立っているのではない。」「感謝をする人には発展がある。」歴代アメリカ大統領の中で、今でも国民から圧倒的な支持を得ているアブラハム・リンカーン。彼が支持されるのは、彼が奴隷解放宣言をしたからではなく、どんな困難な中にあっても神様を感謝することを忘れなかったからだと言います。


 彼の感謝精神は国家運営にまで結びつき、「収穫感謝祭」を祝日に制定するほどでした。リンカーンのことば。「私は、私たちの敬虔な先祖である清教徒たちが、 アメリカの地で感謝の種を蒔いたという信仰の遺産を、子孫である私たちが継承 するよう、この日を国民の祝日に定めます。」 今日は収穫感謝礼拝です。今年一年の私自身に起きた出来事ひとつひとつを神様に感謝。



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# by carbondalle1996 | 2016-11-27 14:41 | 日記 | Comments(0)