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5つのパンと2匹の魚

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今日のランチ

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by carbondalle1996 | 2018-10-21 13:36 | キリスト教集会 | Comments(0)

土曜すくーる

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今日の土曜すくーるはチョコレート・フォンデュ。お友達はそれぞれ好きなフルーツやお菓子を串に刺してチョコレート・フォンデュを造りました。バナナ、イチゴ、パイナップル、キウイ、マシュマロ、クッキー、そしてポテトチップス(塩味)。イチゴが高かったけど、子供たちの一番人気はバナナでした。みんなたくさん食べてくれました。チョコレート・フォンデュがとっても美味しかったようです。感謝!
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by carbondalle1996 | 2018-10-20 21:59 | キリスト教集会 | Comments(0)

教誨師研修福島大会

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by carbondalle1996 | 2018-10-18 21:48 | キリスト教集会 | Comments(0)

矯風会の初代会頭

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矢島楫子(かじこ)さんは女子学院の初代院長であり、日本キリスト教婦人矯風会の初代会頭でもあった人です。彼女が1925年(大正14年)に92歳で天に召された時、甥である徳富蘇峰が追悼演説で、「あたかも渋柿が霜を経て渋みが抜け、甘みの実となるごとく、情緒細やかに思いやり深く、柔和にして愛に満ちたる人となりました」と評しました。

 その演説にあるように、幼少期の楫子さんはあまり笑顔を見せない勝気な少女で、周囲から「渋柿」と呼ばれていました。楫子さんは熊本県益城町で1男6女の末子として生まれ、度重なる女児の誕生は歓迎されませんでした。25歳で結婚しますが、夫は酒乱で、酔うと長刀を振り回すなどで家族への暴力を繰り返しました。楫子さんは10年耐えた結婚生活の末、極度の疲労と衰弱で半分盲目状態となり、離婚を決意し、3人の子供のうち上の二人の子供を置いて家を出ました。

 その後、彼女は兄を頼り上京し、生来の向学心から教育伝習所へ通い、訓導試験に合格し小学校教員となりますが、妻子ある男性と恋に落ち、子供をもうけてしまいます。不義の子を連れた楫子さんを嘲笑する人は多くいました。そのような時に熊本に残してきた長男が洗礼を受けてクリスチャンとなった事を知り、楫子さんにとってキリスト教は遠い異国の宗教ではなく、我が子の宗教となりました。そして楫子さん自身も宣教師との出逢いを通してイエスを信じて救われました。

 それからの楫子さんは女性教育、禁酒禁煙、公娼廃止などの矯風運動に全てを捧げ、多くの女性を救うようになりました。女学校の校主代理に就任したときには校則を作らず「あなたがたは聖書を持っています。だから自分で自分を治めなさい」と、生徒たちを諭したそうです。楫子の活動は日本だけにとどまらず、3回の渡米で、軍縮会議に東洋の平和を祈る婦人たちの署名を集めて提出するまで行いました。彼女の半生は弱さと苦難の連続でしたが、その中で救い主に出逢い、後半生は神様に用いられる器として整えられ、神様の栄光を現しました。


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by carbondalle1996 | 2018-10-14 22:23 | キリスト教集会 | Comments(0)

無駄の中から大きなものが

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人は心に喜びを持っていると自然に顔に出るもの。先週2日の7時のニュースの冒頭でアナウンサーが喜びを抑えて挨拶する表情に、「おや?」と思った視聴者は多かったのではないでしょうか。番組冒頭で「今入ったニュースです」と断り、京都大学名誉教授の本庶佑さんがノーベル生理学・医学賞を受賞したことを紹介。私たちの顔は、心にある喜びを隠すことはできないものだと改めて知りました。

本庶佑さんの「教科書に書かれていることを信じるな」という言葉に励まされた若者が多くいる一方で、「教科書を読まないで、最初から信じないということではなく、教科書をしっかり読んで、理解して、その上でこれは本当に正しいことかと疑ってかかることが大切」と学校の先生方がフォーロー。まったくそのとおりである。本庶先生のことばを借りると「ネイチャーやサイエンスなどの科学雑誌に発表されている論文の9割は嘘で、10年経ったら残るのは1割。また教科書についても鵜呑みにせず、常に疑いをもって本当はどうなっているのだと好奇心を持つことが大切。論文など書いてあることを僕は信じない。自分の目で確信できるまでやる。それが僕の科学(サイエンス)に対する基本的なやりかた。」本庶先生は進化論についてどう考えているのか聞いてみたくなります。

 本庶先生は記者とのインタビューの中で、「基礎研究というのは無駄なんですよ。しかし、その無駄の中から大きなものが出てくる」と言っておられます。伝道も同じではないでしょうか。トラクトを配布したり、伝道集会で料理を準備したり、土曜すくーるで企画を立案したり。経費はかかるが結果が伴いません。こんなに生産性の無い無駄と思えることはないでしょう。しかし、本庶先生のことばを借りるならば、「その無駄の中から大きなものが出てくる」のです。私たちが救われたのも、先人たちの大いなる無駄の中から出てきたのではないでしょうか。

 イエス様も無駄と思える働きをたくさんされました。一番の無駄は人類の身代わりになって十字架に架かったことでしょう。これ以上大いなる無駄はありません。しかし、その無駄の中から大きなものが出てきました。その一人である使徒ヨハネはイエス様のことをこう紹介しています。「わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて」と。ヨハネは自分の目で見て、手でさわって確信しました。きっとヨハネの顔も心にある喜びを隠すことができずにいたことでしょう。雷の子と呼ばれたヨハネが、愛の人と呼ばれるようになったのです。私たちもこの喜びを伝える者となりましょう。


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by carbondalle1996 | 2018-10-07 22:03 | 日記 | Comments(0)